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中国 「無効宣告案件1」ー 血管腫治療薬の調製におけるβ-遮断薬の使用

2022年 5月 2日
浅村特許事務所


中国 「無効宣告案件1」ー 血管腫治療薬の調製におけるβ-遮断薬の使用


 

   

浅村特許事務所
中国弁護士   鄭 欣佳 訳

 

一.  案件概要  

 本無効宣告案件に関わる特許の名称は「血管腫治療薬の調製におけるβ-遮断薬の使用」です。特許権者はボルドー大学であり、請求人は亜宝薬業集団股份有限公司です。

 乳幼児の血管腫は、乳幼児に最も多く見られる良性腫瘍です。本特許出願日以前には有効な治療法がありませんでした。

 プロプラノロールはβ-受容体遮断薬であり、β1受容体を遮断し、心拍数を遅らせたり、血圧を下げたりすることができ、不整脈、冠動脈、高血圧の治療に使用されます。プロプラノロールの臨床使用の歴史は長く、生体内での薬物代謝、薬物動態、毒性がよく研究されており、安全性プロファイルもしっかりされていて、乳幼児や小児にもよく投与されています。

 発明者は、乳児血管腫(Infantile Hemangioma:IH)の心臓病の治療中に偶然プロプラノロールのIHに対する有効性を発見し、さらにこの効果を検証した上で、プロプラノロールの第二の医薬用途として中国に特許出願し、特許権を取得しました。

 許可された12の請求項はすべて医薬用途の請求項であり、主に血管腫、毛細血管腫および毛細血管性乳児血管腫の治療に対して、プロプラノロール及びその塩の医薬用途から構成されています。

 請求人は上記の特許に対して、請求項の明確性、明細書による裏付けの有無、明細書開示の十分性、関連証拠との関係における請求項の新規性・進歩性を理由として、無効審判を請求しました。

 特許権者は、請求項を2回訂正し、11項を残しました。訂正後の請求項1は、毛細血管性乳児血管腫治療薬の調製におけるプロプラノロールまたはその医薬塩の使用に対する保護を主張しました。国家知識産権局が設置した合議体は、訂正後の請求項に基づき、特許の有効性を認めました。

 

二.分析

 合議体は請求人が提出した理由について、以下の判断を行いました。

1.技術用語の理解について

 訂正後の「毛細血管性乳児血管腫」の意味は明確であるかどうか、説明書の裏付けが取れるかどうかについて、請求人は、「毛細血管性乳児血管腫」の意味が不明確であり、イチゴ状血管腫ともブドウ酒様血管腫とも考えられると主張しました。特許権者は,訂正後の「毛細血管性乳児血管腫」は、先行技術のイチゴ状血管腫であると主張しました。

 合議体は、下記のように分析しました。

 まず、特許自体を検討すると、訂正後の請求項1の対象疾患は「毛細血管性乳児血管腫」に限定されており、これは、明細書に記載されている「乳児毛細血管腫(IH)は乳児の軟部組織腫瘍として最も多いとする乳児毛細血管腫に対応するものであることがわかる。……IHの内皮細胞は、免疫組織化学的に陽性であることを特徴とするユニークな分子表現型を示す。……IHの成長期には、内皮細胞と間質細胞の両方が増殖状態にあることが組織学的に示されている(MIB1染色が強く陽性である)。」に対応しています。実施例1及び2の二人の子供は、プロプラノロールによる治療前にホルモン剤による治療を受けていました。

 また、血管腫、乳児血管腫、毛細血管腫などの定義や分類は、先行技術に記載されていることが判明しました。例えば、新生児血管腫は毛細血管腫を含む3つのタイプに分類され、この毛細血管腫は、炎色斑(ブドウ酒様血管腫)とイチゴ状毛細血管腫(毛細血管海綿状血管腫)に分類されます。また、イチゴ状毛細血管腫はホルモンで治療できることが指摘されています。他の証拠では、血管腫を毛細血管型腫血管腫と海綿状血管腫に分類し、毛細血管型腫血管腫を楊梅様毛細血管腫とブドウ酒様毛細血管腫に分類しています。

 これらの証拠から、この技術分野の分類と理解が混乱していることがわかります。

 ただ、先行技術内容を総合的に見ると、出願日以前にすでに増殖性を有し、ホルモン剤で治療可能な乳児血管腫であるイチゴ状又はブドウ酒様乳児血管腫の意味、形態、臨床診断及び治療について、全体的に明確な理解ができていました。そのため、イチゴ状血管腫をブドウ酒様血管腫と区別できることができます。

 合議体は、本件明細書の記載から、本件特許のIHは、ホルモン剤で治療可能な増殖性を有するIHを指し、出願時における当業者において、イチゴ状血管腫に相当する疾患であり、ブドウ酒様血管腫ではないことが確認できると判断しました。

 

2.技術効果の認定について

 請求人は、本件明細書には毒性試験の記載がないこと、本件明細書に記載された具体的治療例数が少なすぎること、実施例1〜2ではホルモンを同時に投与していること、血管腫は自然治癒する可能性があること、プロプラノロールでは治療効果が期待できないことなどを主張し、本件明細書の開示が不十分であること主張しました。

 本件特許の明細書には、以下の3つの実施例が記載されています。

(1)  ホルモン治療を受けた2ヶ月間に、IH患者が閉塞性肥大心筋症であることが判明し、心臓疾患に対してプロプラノロールを導入したところ、予想外にIHに急速な改善が見られた。そのため、プロプラノロール投与を継続し、14ヶ月齢までにIHが完全に扁平化されたこと。

(2 ) ホルモン療法が無効であった生後1ヶ月のIH患者にプロプラノロールを導入したところ、12時間で病変が軟化し、7日でIHが著しく改善され、投与を中止した生後9ヶ月の時点ではIHは再増殖していなかったこと。

(3)  生後2ヶ月のIH患者にプロプラノロールを投与したところ、7日後にIHが小さくなり、生後7ヶ月でIH扁平化され消失した。8ヶ月齢に投与が中止され、再発はなかったこと。

 明細書に毒性試験の記載がないことについて、合議体は、本件特許が既知医薬品の新しい用途に関する発明であり、β-遮断薬プロプラノロールの安全性や毒性は、出願日以前に当該分野の技術者が確認できたものであり、これを確認するための実験データが明細書に記載されていないことは、明細書の開示が不十分であるとのことにはつながらないと判断しました。

 プロプラノロールの有効性を確認するのに明細書の記載が十分であるかについては、合議体は以下の見解を述べています。

 IH患者の治療にはホルモン剤が用いられます。実施例1には、ホルモン剤治療は効果がなく、より重い副作用が生じましたが、プロプラノロールを導入することで治療効果を発揮しました。実施例2には、ホルモン剤は効果がなく、逆にIHが拡大しましたが、プロプラノロールの導入により速やかに効果が現れました。かかる事実からして、当業者において、治療効果はホルモン剤を用いることによっては発生すると考えにくいと思われます。実施例3では、プロプラノロール単独で治療し、有効性を示しました。

 本明細書の実施例は、偶然の発見から検証を繰り返し、適用を拡大した発明者の実践を反映しており、プロプラノロールのIH治療における有効性を当業者に納得させるに十分であることが確認されます。

 先行技術によれば、IHの患者には自己治癒の可能性があり、通常2〜3歳でIHは沈静化し、5〜6歳で消失します。IHは生後1か月〜2か月以内に症状が現れ、1歳以内に成長することが示されています。そのため、前記3例の患者については、発症が1歳以内であるため、自己治癒により治療効果が現れたという請求人の主張を採用することができません。

 明細書に記載された実験データは、プロプラノロールのIHに対する有効性を当業者に納得させるに十分であると判断されるべきです。

 

3.進歩性に関する判断

 本件では、請求人は、証拠A及び証拠Bの組み合わせで、本件特許の進歩性を否定しようとしました。

 証拠Aには、乳児血管腫(IH)の退縮にはアポトーシスの増加が関与していると思われることが開示されています。血管腫の自然退縮はアポトーシスの増加と同時に起こり、これらの腫瘍が内皮細胞からなるため、増殖中の内皮細胞のアポトーシスを引き起こす薬剤は、血管腫の有効な治療薬になり得ることが考えられます。

 証拠Bには、成体ラットにプロプラノロール等のβ-遮断薬を暴露することにより誘発される肺組織の繊維化反応が開示されています。実験結果により、単独の毛細血管内皮細胞のβ遮断は、これらの細胞においてアポトーシスを誘発するようです。

 したがって、プロプラノロールは毛細血管内皮細胞のアポトーシスを促進することにより、毛細血管腫の増殖を減衰させ、衰退を促進することができます。IH治療薬剤の調製におけるプロプラノロールまたはその医薬塩を使用することは、容易に想到できます。

 合議体は、まず証拠Aは、血管腫サンプルの切片におけるアポトーシスと細胞増殖の観察にのみ基づいており、乳児血管腫の退縮にはアポトーシスの増加が関与していると思われることを見出し、乳児血管腫の成長と退縮の調節メカニズムを示唆するとともに、内皮細胞にアポトーシスを引き起こす抗血管形成剤が乳児血管腫の増殖期の減弱と退縮過程の促進を引き起こすと仮定し、これに対応する乳児血管腫の増殖と変性を制御するメカニズムを仮説として提案をしていることに着目しました。

 しかし、当業者から見ると、乳児血管腫も一般の腫瘍も、内因性の血管新生阻害剤も外因性のアポトーシス剤も全く異なるものであり、この仮設は、請求人が記載したように、乳児血管腫の治療にアポトーシス促進剤を用いることが当業者に明確であるとするにはまだ十分ではありません。

 他方、証拠Bの全体内容について検討すると、単独の毛細血管内皮細胞のβ遮断は、これらの細胞にアポトーシスを誘発するが、血管内皮細胞と繊維芽細胞の両方を遮断すると、内皮細胞がアポトーシスから保護されます。

 生体内の状況はより複雑です。乳児毛細血管腫には、内皮細胞のみならず、他の証拠に記載した繊維芽細胞、上衣細胞、肥満細胞及びマクロファージも含まれています。このような複雑な状況において、プロプラノロールはアポトーシスを誘導するのか阻止するのかを判断することはできません。

 したがって、証拠A及び証拠Bに基づいて、IH治療用薬剤の調製にプロプラノロールを使用する技術的解決手段を導き出すことは、当業者にとって容易に想到できません。

 

三.まとめ 

 医薬品の対象となる疾患の用語に関して先行技術に矛盾や混同がある場合、疾患の用語の意味は、特許そのものに基づいて、様々な証拠に反映された技術の発展を整理し、出願日における当業者の合理的な認識状況に戻ることにより、客観的に判断されるべきです。また、技術的効果の確認は、特定の技術分野の発展度合いを考慮し、当業者の合理的な知識に基づいて行われるべきです。

 進歩性の有無を判断するとき、まず、特許と最も近い先行技術との相違点、達成された技術的効果、および当該相違点に基づいて実際に解決された技術的課題を比較し、その技術的解決策の選択の結果、発明が達成した技術的効果を判断し、当業者が発明の実際に解決した技術課題を解決するために、その発明を容易に想到できるか否かについて客観的に判断すべきです。