2023年12月22日
浅村特許事務所
中国 自動車の意匠権に関する無効審判――意匠と先行商標との類否判断
浅村特許事務所
中国弁護士 鄭 欣佳
意匠と先行商標が抵触するか否かを判断する際に、その判断基準を紹介します。
自動車の意匠権に関する無効審判――意匠と先行商標との類否判断
今回の無効審判に関わる意匠の名称は“自動車”です(以下、「本件意匠」といいます)。
意匠権者はルノー株式合資会社であり、請求人は華人運通ホールディングス(上海)有限公司です。
(本件意匠図面)
意匠権者であるルノー株式合資会社は、世界有数の自動車メーカーです。無効審判を請求した華人運通ホールディングス(上海)有限公司は、新鋭の中国国内EV(電気自動車)メーカーで、傘下である高合Hiphi X電気自動車は、2022年の中国デザイン特許金賞、ドイツのレッドドット賞などを受賞しました。その高合Hiphi X電気自動車が使用する商標は本件の先行商標となっています。
両社の間には、中国国内外において、複数の訴訟が存在しています。
(高合Hiphi Xのドイツレッドドット賞受賞)
本件は社会的影響力が大きく、証拠資料も複雑でした。主な争点は、本件意匠と先行商標権が抵触するか否かでした。審理の結果、国家知識産権局は本件意匠の全部無効を宣言しました。
当該裁決では、意匠と先行商標が抵触するか否かを判断する際における、以下の基準を示しました。
まず、当該意匠が商標的使用に該当するか否かを判断します。商標的使用に該当する場合、商標の類否を判断する基準に基づいて当該意匠と先行商標の類否を判断します。すなわち、
①意匠に関わる商品・役務と先行商標の指定商品・役務とは同一又は類似するか否か、及び
②関連する公衆の一般的な注意力を基準とし、当該意匠の図形が先行商標と類似するか、という2つの基準で判断します。当該意匠を先行商標と対比するとき、先行商標の実際の使用状況及びその使用によってもたらされた周知性及び影響力も考慮しなければなりません。
従って、本件は以下の三つのポイントにより判断することができます。
1.本件意匠の図形は商標としての識別力があるかどうか
意匠権と商標権が抵触する場合、通常、意匠において図形の使用が商標としての使用であるか否か、すなわち、当該図形が商品又は役務の出所を識別する機能を有するか否かを判断しなければなりません。
本件意匠において、先行商標と同じように、ホイールの中央に図形“ ”が付けられ、自動車の商標がよく付けられる位置として荷箱の後側面の中央に図形“ ”を付けられています。したがって、当該図形は出所識別機能を有しており、客観的に商標としての機能を有しています。
(本件意匠のロゴ位置)
(先行商標のロゴ位置)
2.本件意匠の図形は先行商標に類似するか否か
意匠と先行商標に含まれる関連図形との同一又は類似を判断するときには、原則、商標の同一又は類似の判断基準を適用します。通常、本件意匠に係る商品が先行商標の指定商品と同一又は類似の商品であるか否かを判断した上、関連する公衆の一般的な注意力・認識に基づき、当該意匠の図形が先行商標と同一又は類似するか否かを判断しなければなりません。
また、先行商標自身の識別力、知名度等の要素も関連する公衆の判断に影響を与えるため、考慮要素として考えなければなりません。
本件意匠及び先行商標の指定商品はともに自動車であるため、判断のポイントは両者が類似するか否かのみとなります。
本件意匠と先行商標を比較すると、両者の共通点は:
括弧形状を形成する2つの対称円弧によって形成され、括弧形状の中心部に線分が設けられ、線分の上端と下端が括弧の端点を越えていることです。
両者の主な相違点は:
(1)先行商標“ ”の図形が地面に対して垂直していることに対し、本件意匠に使用された“ ”“ ”図形が地面に対して上方45度の角度を形成していること;
(2)本件意匠の円弧が比較的に長く、線分の両端が比較的に平直であることに対し、先行商標の円弧が比較的に短く、線分の両端が面取り形状となっていること;
合議体は、関連する公衆の一般的な注意力に基づき、本件意匠の図形は先行商標の図形とほぼ同じであり、関連する公衆に、一個の括弧が中心部に置かれている一本の線分により割れたイメージを与えるという判断をしました。
先述の相違点(1)について検討すると、両者の角度が違いますが、両者ともにホイールの中央部に設置されているとき、自動車の走行によりホイールが回り、図形の角度も同時に変化します。また、停車時の図形の角度もランダムであり、一定の角度で停車すると、本件意匠の図形の角度は先行商標の角度と同様になります。
なお、下記の写真が示したように、関連する公衆の図形を見る視角を変えると、本件意匠の図形の角度も先行商標の角度と同様になります。従って、両者が実際に使用される場合、関連する公衆は両者の違いを区別することができません。
(証拠の一部) (証拠の一部)
相違点(2)について検討すると、両者の円弧には長さの差異がありますが、全体的に見ると、どちらも括弧に見えます。線分の両端には面取り形状になっているかどうかの違いもありますが、関連する公衆の一般的な注意力によれば気づきにくい差異となっています。従って、合議体は、本件意匠の図形が先行商標と類似するという判断を下しました。
3.意匠権者の主張
本件につき、意匠権者は大量の証拠を提出しました。中には、先行商標の識別力を否定する外国の判決もあり、本件意匠が先行商標と類似しないことを証明しようとする中国国内の行政決定もあります。
(1)外国判決の証明力
意匠権者が提出した外国裁判所の判決には、請求人の商標“ ”は電源の図形“ ”と似ているため、識別力が強くなく、保護範囲が限定されるべきという判断がありました。それに対して、合議体は、まず外国判決の国内審判に対する影響力を否定しました。また、請求人が提出した証拠に基づき、高合Hiphi Xのロゴの意味を述べました。
高合Hiphi Xのロゴ“ ”は西洋哲学者が発見した黄金数Φと、中国思想の真髄を代表する“中”と融合させた結果であり、多様性を保ちながら調和できる世界を意味します。
電源の図形“ ”とは関連性がなく、意味も全然違います。さらに、先行商標は請求人の使用、宣伝により、既に商品・サービスを識別する機能を獲得でき、関連する公衆も先行商標を請求人と結びつけています。従って、意匠権者の先行商標には識別力がないとする主張は認められませんでした。
(2)中国国内の行政決定の証明力
意匠権者は自動車等の指定商品においての“ ”商標の拒絶査定も提出しました。しかし、拒絶査定に引用された商標は第6859132 号の“ ”商標及び第9303738 号の“ ”商標であり、請求人の先行商標“ ”は引用されませんでした。
それに対して、合議体は、以下のような考え方を示しました。まず、国家知識産権局が自動車等の商品において“ ”商標の拒絶査定を出したことは、許可なしに自動車等の商品において“ ”商標を使用すると引用商標の商標権侵害となることを明らかにしています。
また、拒絶査定をするとき、国家知識産権局が既に類似する引用商標を検索できた場合、自ら検索を終了することができます。すなわち、先行商標の検索に至るまで、国家知識産権局は他の引用商標を用いて、拒絶査定を出すことができるのであれば、先行商標に対する検索が行われることがなく、先行商標と当該出願商標との類否判断も行いません。そのため、拒絶査定には請求人の先行商標“ ”を引用していなくても、“ ”商標は“ ”商標と類似しないという結論を引き出すことができません。
本件審判の結論は大きな社会反響を呼びました。意匠権と先行商標権が抵触するか否かの判断の基準が完全に示されましたので、企業が知財戦略を立てる際は、異なる種類の知的財産権の相互抵触についても、本判断基準を基に注意を払うべきです。