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中国 無効審判事例:関連する複数の技術的特徴における進歩性の判断 ――電極シート発明の無効審判が示した考え

2023年10月19日
浅村特許事務所


中国 無効審判事例:関連する複数の技術的特徴における進歩性の判断
電極シート発明の無効審判が示した考え


 

   

浅村特許事務所
中国弁護士   鄭 欣佳

 

関連性があるいくつかの特徴が協働することにより複数の技術的課題を解決する場合において、国家知識産権局が示した進歩性の判断基準をご紹介します。

 

関連する複数の技術的特徴における進歩性の判断
電極シート発明の無効審判が示した考え

 今回の無効審判に関わる発明は「電極シート及び当該電極シートを含むリチウムイオン電池」(以下、「本件発明」といいます)です。共同特許権者は寧徳新能源科技有限公司及び東莞新能源科技有限公司です。提起された二件の無効審判の第一請求人は珠海冠宇電池股份有限公司であり、第二請求人は福建翔雲科技有限公司です。そのうち、共同特許権者の寧徳新能源科技有限公司と無効審判請求人の珠海冠宇電池股份有限公司は、リチウムイオン電池製造販売分野において、世界トップシェアを有する会社です。

 二件の無効審判に対して、国家知識産権局が併合審理を行い、明らかな誤りの訂正、請求の範囲の減縮、技術用語の理解、進歩性の判断等に対して、考え方を示しました。審理の結果、特許権者が訂正を行った上、特許を維持する審決が下されました。

 この記事は、関連性があるいくつかの特徴が協働することにより複数の技術的課題を解決する場合において、国家知識産権局が示した進歩性の判断基準をご紹介します。

 

本件発明及び解決しようとする技術的問題

 本件発明は、電極シートに関する発明です。電極シートは、中層に位置する集電体とその表面に塗布された活物質層により構成され、正極シートと負極シートは絶縁フィルムで隔てられています。集電体は金属箔で作られます。金属箔を切断する際に、断面に金属のバリが生じ、絶縁フィルムに穴が開き、正極シートと負極シートに短絡が発生し、電池の過熱や破裂の原因になることがあります。

 

(国家知識産権局、特許ZL201410782528 .9図面)

 現有技術を分析すると、断面の金属のバリを処理する方法がいくつかあります。ポリマーコロイドや粘着テープを塗布する積極的な対応方法もありますし、断面をむき出しのままにして特に何も処理しない消極的な対応方法もあります。

  本件特許は、先行技術とは異なる対策をとっています。すなわち、集電体上の活物質層で覆われていないところに絶縁層を被覆し、この絶縁層は、ある程度の硬度と含有量を有する固体絶縁性フィラーを含有するため、軟らかいポリマーコロイドや粘着テープにより硬度が高く、バリをより良好に隔離する対策をとっています。

 しかし、その後の電極シートの成形工程において、硬質の固体絶縁性フィラーを含有する絶縁層で被覆された電極シートの延性が低下し、活物質層で被覆された電極シートの伸びと一致しなくなり、絶縁層と活物質層との交線にシワが発生し、電気芯体内部の界面・電極シートの外観が悪くなり、電池の容量に影響を与えていました。さらに、固体絶縁性フィラーの添加により、冷間プレスローラーの疲労損傷も引き起こしていました。

 

 (国家知識産権局、特許ZL201410782528 .9図面)

 

 上記の技術的課題を解決するために、本件特許は、固体絶縁性フィラーを含有する絶縁層を選択した上、固体絶縁性フィラーの具体的な材料を水和アルミナ又はそれと硫酸バリウム等の3種の材料の組み合わせに限定し、フィラーのモース硬度及び質量パーセント含有量の範囲を限定し、少なくとも活物質で覆われていない部分を覆うように絶縁層の被覆位置を限定し、電極シートの成形工程において活物質層と絶縁層の伸びを一致させることを実現しました。本件特許の明細書によれば、モース硬度の低い水和アルミナのようなフィラーは、成形工程で粒子間のスリップや破損が発生しやすいため、絶縁層と活物質層の伸びをより一致させることで、冷間プレスローラーの破損が発生しにくくなります。さらに、固体絶縁フィラーの添加により、絶縁層の多孔質構造が形成しやすくなり、電解液の吸収性をある程度高めることができます。
   


請求人の意見
  

 両請求人は、複数の先行技術に関する証拠を提出し、証拠の組み合わせにより本件特許の進歩性を否定しようとしました。その中、最も重要な比較文献の組み合わせを例として分析します。
 請求人は、最も近い先行技術である比較文献2において、その実施例が、すでに絶縁層の位置及び複数の材料を開示していると主張しました。本件特許が指定した水和アルミナ及び硫酸バリウム等の3つの材料との組み合わせは開示されていないが、比較文献4は、絶縁層が硫酸バリウムを含むことを開示しており、その含有量も本件特許の範囲に属することも主張しました。当業者にとって、水和アルミナや硫酸バリウムがともに硬度の低い絶縁材料であること、成形工程における電極シートの伸びが材料の性質に関係していること、硬度が低いため冷間プレスローラーの破損が少ないことは、いずれも公知常識であり、したがって、本件特許の請求項は、比較文献2及び比較文献4の組み合わせただけの公知技術であるから進歩性を有しない、と主張しました。

 国家知識産権局の判断

 2019年に改正された「専利審査指南」に、「発明の特徴及び発明が実際に解決する技術的課題を判断する」部分に、”機能上に互いに支持し合い、相乗効果がある技術的特徴については、保護を求める発明において当該技術的特徴によって達成される技術的効果及びそれらの関係を全体として考慮すべきである”という内容が新たな追加されました。   
 すなわち、発明によって実際に解決される技術的課題を判断する際に、区別される特徴自体に内在する機能や役割のみに基づくのではなく、保護を求める技術方案全体において、区別される特徴によって達成し得る技術的効果に基づくべきです。また、機能上に支持し合い、相乗効果がある技術的特徴については、発明によって実際に解決される技術的課題を判断する際に全体として考慮されるべきです。
  
 本件発明のプロセスから見ると、特許の請求項は、技術的特徴を、固体絶縁性フィラーを含む絶縁層、少なくとも活性物質層が被覆されていないところを覆う絶縁層の被覆位置、固体絶縁性フィラーの材料の選択、モース硬度及び質量パーセント含有量の値の範囲に限定しています。上記硬度及び含有量を有し、特定の材料からなる固体絶縁性フィラーを、集電体の上記位置に被覆したことにより、切断時の金属バリを隔離することと同時に、シートのシワを減らすことができ、冷間プレスローラーの破損を低減することができることが判明されました。上記の特徴は、互いに機能的に支持し合い、相互に作用し合うものです。そのため、切断時の金属バリの隔離、伸びの一致、冷間プレスローラーの破損の低減という技術的課題を解決するものであるかどうかと判断する際に、上記の特徴を全体として考慮しなければなりません。
  
 それに対し、比較文献2の絶縁層は、軟質ポリマーのコロイドまたは粘着テープ、もしくは溶射硬質セラミックであり、全体的に区別される特徴として考えるべき固体絶縁フィラーやその具体的な材質、モース硬度、含有量について開示されていません。また、比較文献2は、本件特許が解決しようとする絶縁層のロールプレスによる伸びの不一致について全く意識しておらず、フィラーの硬度や水和アルミナ及び他の材料との組み合わせ、対応する含有量についての技術的な方向性にも触れていません。

 比較文献4は、硫酸バリウムを含有する固体絶縁性フィラーを開示しながらも、絶縁層の被覆位置を開示しておらず、固体絶縁性フィラーを含有する絶縁層をロールプレスすることもなく、すなわち、冷間プレスローラーの破損の低減を伴うこともありません。また、絶縁層をロールプレスしたことにより生じる伸びを一致させるという問題を意識することもなく、比較文献2と組み合わせて技術的な示唆を与えたものではありません。
  
 では、冷間プレスローラーを保護することのみを考えると、モース硬度が低い硫酸バリウムを開示した比較文献4は、比較文献2の絶縁材料を硫酸バリウム、もしくは同じくモース硬度が低い水和アルミナに代えることについて、技術的な示唆を与えているのでしょうか。  
 
 合議体は、モース硬度という区別される特徴は、技術方案に与える影響は冷間プレスローラーを保護することだけではなく、その特徴は固体絶縁性フィラー、絶縁層の被覆位置、及び質量パーセント含有量と密接に関係するという考え方を示しました。それらの特徴の相乗効果により、切断時の金属バリの隔離、伸びの一致、冷間プレスローラーの破損の低減という技術的課題が解決されたため、それらの特徴を一つとして考えなければなりません。 
 それゆえ、比較文献4が開示した硫酸バリウム自体のモース硬度が低いことだけで、技術的な示唆が与えられたと判断することはできません。

 本件では、関連性があるいくつかの特徴が協働することにより複数の技術的課題を解決する場合における、国家知識産権局の進歩性の判断基準が示されました。
 実は、請求項に記載されているすべての技術的特徴の間に、ある程度の関連性がある可能性があります。ただ、このような普遍的な関連性は「専利審査指南」が規定している“機能上に互いに支持し合い、相乗効果がある”とは言うことができません。いくつかの技術的特徴が同一の請求項に記載されていますが、これらの間に相乗効果がない場合、これらの特徴は、異なる先行技術を用いて個別に評価することができます。これは、“関連性がある技術的特徴を全体として考慮する”考え方が濫用されることを防ぐためです。