2022年12月15日
浅村特許事務所
中国 「商標権侵害判断基準」の理解及び適用Ⅱ
浅村特許事務所
中国弁護士 鄭 欣佳
中国知識産権局が公表した「商標権侵害判断基準」の逐条解説から重要な内容をいくつかピックアップして紹介します。
ボリュームが多いため、前回に申し上げた二回ではなく、複数回に分けます。
今回は第二回目です。
「商標権侵害判断基準」の理解及び適用Ⅱ
2022年 8月12日、中国知識産権局は「商標権侵害判断基準」の逐条解説――「商標権侵害判断基準」の理解及び適用――を公表しました。具体事例・判例等を用いて、商標権侵害判断基準」の各条文を解説しています。
今回は、逐条解説のなかから重要な内容をいくつかピックアップして、ご紹介いたします。
第18条 同一商標・類似商標を判断する原則
登録商標と同一又は類似の商標の判断をする場合、関連する公衆の一般的な注意力・認知力を基準とし、分離観察、全体比較、及び、主要部分比較の方式を用います。
一般的注意力・認知力とは、当該商品・サービスを購入する際に、一般的な知識・経験を有する関連する公衆が発揮する通常の注意力の程度をいい、特別な細かい配慮は必要としません。商品又はサービスを購入する際に払う注意力のレベルの高さは、購入する商品又はサービスの価値及び専門性に正比例するはずです。自動車や住宅など高価な商品を購入する際に、関連する公衆はより注意を払うことになります。
分離観察とは、消費者の習慣を考慮し、関連する公衆が商標を通じて商品又はサービスを識別する際に、比較する二つの商標を一緒に置くのではなく、登録商標と被疑侵害商標を異なる場所及び異なる時間に配置して観察を行うことです。
全体比較とは、商標の構成要素を抜き出して個別に比較するのではなく、全体として見ることです。
二つの商標は、一部分において同一又は類似していなくても、全体としてみれば、一般消費者が同一又は類似していると結論づけることができる場合には、同一又は類似していると認定すべきです。
主要部分比較とは、商標の識別に大きな役割を果たす部分の比較対照を意味します。
この原則を解説する判例として、「SANTAK」商標事件をご紹介します。
山特电子(深圳)有限公司は、第9類無停電電源装置及びその他の商品を指定商品として「SANTAK」商標を登録しました。自然人である呉氏は、第9類コンピュータ周辺機器及びその他の商品を指定商品として「SANTAKUPS」商標を登録し、深圳の会社にライセンスしました。深圳の会社は、ライセンスされた指定商品の範囲を超え、無停電電源装置に「SANTAKUPS」商標を使用しました。当事者は深圳の会社から「SANTAKUPS」商標を付した無停電電源装置を購入したところ、山特电子(深圳)有限公司から「SANTAK」商標の商標権を侵害したとして訴訟になりました。
この事件の争点は、「SANTAK」と「SANTAKUPS」が類似商標に該当するか否かです。本件当事者がその販売する無停電電源装置商品に使用した商標「SANTAKUPS」の頭文字、構成、称呼、視覚効果等が、権利者の登録商標「SANTAK」と類似しているため、一般的な知識・経験を有する関連する公衆は通常の注意力を払うことにより、両者を一連の商標として容易に識別することができます。商標の構成及び実際の使用状況から見ると、「SANTAK」商標は全体として何ら意味がなく、造語であるため、識別力は強いと認められます。「SANTAKUPS」の最初の6文字は、登録商標の「SANTAK」と同一です。
中国は英語を母国語としない国であり、消費者が必ずしも英語を正確に発音できるとは限らず、その意味も分からないため、字形が商標を判断するときに大きな役割を果たします。侵害被疑者は、販売した無停電電源装置製品に「SANTAK」と「UPS」を異なる色で使用し、「SANTAK」を強調することで商標全体として、識別できる部分が「SANTAK」になるようにしました。
また、「UPS」とは、無停電電源装置製品の英語「Uninterruptible Power Supply」の略称であり、無停電電源装置製品に使用され、関連する消費者が容易に「SANTAKUPS」を「SANTAK」と認識します。
従って、「SANTAKUPS」と「SANTAK」は、類似商標となります。
第21条 混同を判断するときの考慮要素
本条は両商標が混同しやすいかどうかを判断する際の、6つの考慮要素を挙げています。
(1)商標の類似状況;
(2)商品またはサービスの類似状況;
(3)登録商標の識別力及び知名度;
(4)商品又はサービスの特徴及び使用方式;
(5)関連する公衆の注意力及び認知程度;
(6)その他の要素
上記各要素は互いに関連しており、併用することができ、各案件において果たす役割も異なります。
自動車の商標の場合、例えば、本田技研工業株式会社の“ ” 商標と現代自動車株式会社の “ ” 商標の場合、両者ともに“H”の文字であり、外観が似ていますが、消費者の間で商品の提供者が混同されることはなく、両者が商品の供給者であるとか、投資、ライセンス、フランチャイズ、パートナーシップの関係であるといった混乱は生じません。
それは自動車産業が日用消費材どの他の産業と異なり、商品の価値と消費者層に特殊性があります。本田自動車と現代自動車は、それぞれのプロモーションや製品販売を通じて、消費者から認知されていて、比較的固定された消費者層が形成されています。この消費者層は、両者を区別することができ、容易に混同することはありません。
商標の識別力とは、その独自性、区別性、認識可能性を指します。商標の識別力の強さは、この3つの要素に影響されます。
1つ目は、商標標識の独自性です。文字商標である場合、造語は固有語より識別力が強くなります。例えば、「万里の長城」という言葉よりも、ファーウェイという言葉の方が商標としての識別力があります。図形商標の場合、客観的に存在する物の図形より、架空の図形のほうが識別力として強くなります。例えば、架空の宇宙人のデザインは、客観的に存在する動物のデザインよりも商標として強い識別力を有します。
2つ目は、商標標識とそれが標記する商品又はサービスとの関連性です。関連性が弱ければ弱いほど、識別性は強くなります。例えば、携帯電話にリンゴを使用した場合、携帯電話自体とは関連性がないため識別力が強くなりますが、新鮮な果物の商標としてリンゴを使用した場合、両者は強く関連するため識別力を欠くことになります。
3つ目は、商標標識の認識可能性です。認識可能性が高ければ高いほど、商標の識別力が強くなります。また、商標識別力は、指定商品・サービス、継続的に使用した時間、使用範囲、プロモーション等の状況により総合的に判断しなければなりません。
商標の知名度は、その商標の指定商品・サービスの売上高、利益、納税金額、市場占有率、広告量、販売及び宣伝のエリアなどを考慮して判断することができます。通常、商標の知名度が高ければ高いほど、混同の可能性が高くなります。
商品又はサービスの特徴は、商品又はサービスが所属する業界の特殊性で発揮されます。前述した自動車産業の場合においては、強い専門性と高い商品価値を特徴とします。
関連する公衆の注意力及び認知程度の判断は、商品・サービスの価格、耐用年数、消費者の健康への影響、購入頻度、消費に影響する要因に関連します。
その他の要素は、被疑侵害者の便乗意図などがあります。
本条を解説する2つの対比的な事件をご紹介します。
事件1 登録商標「蜜妍」を商品名称に使用する事件
「蜜妍」は商标是广州市晖琳美容保健品商贸有限公司が化粧品において登録商標した商標です。フランスロレアル社傘下のロレアル(中国)有限公司が販売する化粧品のラベルに「ランコム蜜妍ロイヤルエッセンスローション」の文字を商品名称として使用していました。广州市晖琳美容保健品商贸有限公司は商標権が侵害されたとして500万元の賠償を求めました。
本件の指定商品は化粧品であり、被疑侵害者が実際に使っている商品も化粧品であり、両者は同一商品です。
一般に、4文字以上の商標で、他人の2文字の先行商標を完全に含む場合、以下の状況を除き、類似商標として判断されません。
(1)商標が他人の先行商標に商品の一般名称や型番を加えたもの;
(2)商標が他人の先行商標に商品の品質、原材料、機能を直接示す言葉を加えたもの;
(3)商標が他人の先行商標に修飾語として機能する形容詞又は副詞、若しくは他の識別力が弱い文字を加えたもの;
(4)商標が他人の一定の知名度があり、若しくは識別力が強い先行商標を完全に含むもの。
「ランコム蜜妍ロイヤルエッセンスローション」文字の中、「ランコム蜜妍」が特徴的な部分であり、「蜜妍」とは類似商標ではありません。
使用方式から見ると、「ランコム蜜妍ロイヤルエッセンスローション」文字は化粧品のラベルに使われ、文字の大きさが統一され、きれいに並べられ、特に「蜜妍」文字を強調して使用していません。
販路から見ると、「蜜妍」の製品は一般的に美容院で販売されていることに対し、ランコム製品はショッピングモールのカウンターで販売されており、販売チャネルや方法に大きな違いがあります。
商標の識別力、知名度及び関連する公衆の注目度から見ると、ランコムは、中国で長い間使用され、宣伝されてきた有名な商標であり、地理的にも広い範囲に及んでいます。
国際的な高級化粧品として、ランコム製品の消費者は、高いレベルの注意力をもって製品を購入します。その結果、ランコムの商品名称は、関連する公衆に混同を生じさせにくく、商標権侵害に該当しないと判断されました。
詳しくは、下記の事例をご参照ください。
事件2 登録商標「水密码」を商品名称に使用する事件
これに対し、“水密码”商標の商品名称における使用事件の結論は真逆になりました。
“水密码”商標( “ ” 及び “ ” )は广州市白云联佳精细化工厂が第3類、化粧品等を指定商品として登録した商標です。化粧品の商品名に「水密码」、すなわち「ウォーターコード」の文字を使用することは、商標権者に登録商標の侵害であると疑われました。
本件の指定商品は化粧品であり、被疑侵害者が実際に使っている商品も化粧品であるため、両者の商品は同一です。
使用方法から見ると、被疑侵害者の商品包装の正面中部にすべて英語により表記されています。正面の下部は自社の登録商標を使用していましたが、商品名称として使っていた「水密码ローション」には「水密码」文字がそのまま入っています。当該商品名称は全体的に文字が目立ち、自社の登録商標とほぼ同じ大きさです。
商標の識別力、知名度から見ると、「水密码」は長期的に使用、宣伝され、高い知名度を有します。被疑侵害者が同一商品においてそれを商品名称として使用することは、公衆を誤認させるものでした。
その結果、化粧品の商品名に「水密码」の文字を使用することは商標権侵害であると判断されました。