2026年 5月 7日
弁理士法人 浅村特許事務所
中国 技術構想による特許の進歩性の判断

浅村特許事務所
中国弁護士 鄭 欣佳
中国最高人民法院が従来の進歩性を判断する考え方と異なる判断手法を示しました。
技術構想による特許の進歩性の判断
今回紹介するのは「耐水蒸気酸化性に優れたオーステナイト系ステンレス鋼管およびその製造方法」という特許(以下、「本件特許」という。)に関する控訴案件です。
案件の当事者関係は下記の通りです。
控訴人: (原審の被告)中国国家知識産権局
控訴人: (原審の参加人、特許権者)日本製鉄株式会社
被控訴人:(原審の原告、無効審判請求人)スペインのステンレス鋼管製造会社タバセクス社(Tubacex)
被控訴人は2021年 8月に、国家知識産権局に対して本件特許の無効審判の請求をしました。
審判中、特許権者は本件特許の請求項に対して訂正を行いました。
国家知識産権局は訂正後の請求項に基づいて、特許を維持する審決(以下、「本件審決」という。)を下しました。
それに対し、被控訴人は北京知識産権法院(原審法院)に上記審決の取消訴訟を提起しました。
原審法院は2023年 9月に本件審決を取り消し、国家知識産権局に再度審理を行うよう命じる判決を下しました。
国家知識産権局はその判決を不服とし、特許権者とともには最高人民法院に本件控訴を提起しました。
訂正後の請求項は下記のようになりました。当事者らは訂正後の請求項に基づいて審理することについて異議はありませんでした。
【請求項1】
質量%で、C:0.03~0.12%、Si:0.1~0.9%、Mn:0.1~2%、Cr:15~22%、Ni:8~15%、Ti:0.002~0.05%、Nb:0.3~1.5%、sol.Al:0.0005~0.03%、N:0.005~0.2 %、およびO(酸素):0.001%以上、0.005%未満を含み、残部がFeおよび不純物からなり、オーステナイト結晶粒度番号が7以上の細粒組織であることを特徴とする耐水蒸気酸化性に優れたオーステナイト系ステンレス鋼管。
【請求項2】
質量%で、下記の第1群および第2群のいずれか一方または両方から選んだ少なくとも1種の成分を含むことを特徴とする請求項1に記載の耐水蒸気酸化性に優れたオーステナイト系ステンレス鋼管。
第1群:質量%で、それぞれ0.0001~0.2%のCa、Mg、Zr、B、Pd、HfおよびREM。
第2群:質量%で、それぞれ0.01~5%のCu、MoおよびW。
【請求項3】
オーステナイト結晶粒度番号が7以上の細粒組織であり、オーステナイト結晶粒の混粒率が10%以下であることを特徴とする請求項1に記載の耐水蒸気酸化性に優れたオーステナイト系ステンレス鋼管。
【請求項4】
質量%で、下記の第1群および第2群のいずれか一方または両方から選んだ少なくとも1種の成分を含み、オーステナイト結晶粒度番号が7以上の細粒組織であり、オーステナイト結晶粒の混粒率が10%以下であることを特徴とする請求項1に記載の耐水蒸気酸化性に優れたオーステナイト系ステンレス鋼管。
第1群:質量%で、それぞれ0.0001~0.2%のCa、Mg、Zr、B、Pd、HfおよびREM。
第2群:質量%で、それぞれ0.01~5%のCu、MoおよびW。
【請求項5】
質量%で、C:0.03~0.12%、Si:0.1~0.9%、Mn:0.1~2%、Cr:15~22%、Ni:8~15%、Ti:0.002~0.05%、Nb:0.3~1.5%、sol.Al:0.0005~0.03%、N:0.005~0.2 %、およびO(酸素):0.001~0.008%、残部がFeおよび不純物からなり、オーステナイト結晶粒度番号が7以上の細粒組織であり、オーステナイト結晶粒の混粒率が10%以下であることを特徴とする耐水蒸気酸化性に優れたオーステナイト系ステンレス鋼管。
【請求項6】
質量%で、C:0.03~0.12%、Si:0.1~0.9%、Mn:0.1~2%、Cr:15~22%、Ni:8~15%、Ti:0.002~0.05%、Nb:0.3~1.5%、sol.Al:0.0005~0.03%、N:0.005~0.2%、O(酸素):0.001~0.008%、および下記の第1群および第2群のいずれか一方または両方から選んだ少なくとも1種の成分を含み、残部がFeおよび不純物からなり、オーステナイト結晶粒度番号が7以上の細粒組織であり、オーステナイト結晶粒の混粒率が10%以下であることを特徴とする耐水蒸気酸化性に優れたオーステナイト系ステンレス鋼管。
第1群:質量%で、それぞれ0.0001~0.2%のCa、Mg、Zr、B、Pd、HfおよびREM。
第2群:質量%で、それぞれ0.01~5%のCu、MoおよびW。
【請求項7】
質量%で、C:0.03~0.12%、Si:0.1~0.9%、Mn:0.1~2%、Cr:15~22%、Ni:8~15%、Ti:0.002~0.05%、Nb:0.3~1.5%、sol.Al:0.0005~0.03%、N:0.005~0.2%、O(酸素):0.001~0.008%、残部がFeおよび不純物からなオーステナイト系ステンレス鋼管。
また、下記の第1群および第2群のいずれか一方または両方から選んだ少なくとも1種の成分を含むことを特徴とするオーステナイト系ステンレス鋼管。
第1群:質量%で、それぞれ0.0001~0.2%のCa、Mg、Zr、B、Pd、HfおよびREM。
第2群:質量%で、それぞれ0.01~5%のCu、MoおよびW。
下記の工程、①、②および③で順次処理することを特徴とする耐水蒸気酸化性に優れたオーステナイト系ステンレス鋼管の製造方法。
工程①:1100~1350℃に加熱保持した後、冷却速度0.25℃/秒以上で冷却する。
工程②:500℃以下の温度域で断面減少率10%以上の塑性加工を行う。
工程③:1050~1300℃の範囲内の温度で、かつ上記の工程①における加熱温度よりも10℃以上低い温度に加熱保持した後冷却する。
【請求項8】
素材となるオーステナイト系ステンレス鋼管のO(酸素)の含有量は質量%で0.001以上、0.005未満である請求項7に記載の耐水蒸気酸化性に優れたオーステナイト系ステンレス鋼管の製造方法。
【請求項9】
工程①において、素材鋼を1100~1350℃に加熱し、熱間加工により鋼管に成形させ、成形後の鋼管を、冷却速度0.25℃/秒以上で冷却することを特徴とする耐水蒸気酸化性に優れたオーステナイト系ステンレス鋼管の製造方法。
【請求項10】
素材となるオーステナイト系ステンレス鋼管のO(酸素)の含有量は質量%で0.001以上、0.005未満である請求項9に記載の耐水蒸気酸化性に優れたオーステナイト系ステンレス鋼管の製造方法。
「専利審査指南」によると、発明の進歩性は、通常「3ステップ」法により判断しなければなりません。
ステップ1:最も近い先行技術を確定する
ステップ2:発明と最も近い先行技術との相違点を確定して、その相違点が発明において奏する技術的効果に基づき、発明が解決しようとする課題を確定する
ステップ3:発明が当業者にとって自明的であるかどうかを判断する
本件審決は、厳格に上記の「3ステップ」法に従った進歩性の判断をせず、まず本件特許の明細書に基づき、本件発明が解決しようとする課題を確定しました。
これに関する論証は下記の通りです。
先行技術によると、NbやTiの炭窒化物は、高温での安定性に欠け、ボイラの組立施工等に際して行われる溶接や高温曲げ加工時に再固溶しやすく、均質な整粒の細粒組織を安定し得ることが困難であることから、安定したオーステナイト系ステンレス鋼管を得ることができません。
本件特許は、Ti2O3が均一に分散析出したNb含有鋼では、製品の熱処理時にTi2O3を核として、その周りにNb炭窒化物が析出した複合析出物を均一に分散生成することができ、その複合析出物は、細粒化作用を有し、また、高温においても安定しているため、施工中の溶接や高温曲げ加工時でも再固溶せず、細粒組織を維持できることが判明しました。
これに基づき国家知識産権局は、本件特許のステンレス鋼は、特定したNb、Ti及びOの含有率により、上記の複合析出物を得て、技術的効果を獲得したという結論を下しました。
続いて国家知識産権局は、請求人が提供した本件特許の進歩性を否定しようとする証拠1~3には、Nb、Ti及びOの含有率に関する技術的示唆がないと判断しました。
その判断の説明は下記の通りです: 三つの証拠において、Nb及びTiは鋼において実質的に先行技術と同じような役割を有するため、NbとTiもほかの成分と同様に代替することができる候補の一つに過ぎず、本件特許における役割と異なる。
三つの証拠のいずれも本件特許のように、Nb、Ti、Oを一定の含有率で配合し、複合析出物を生成させ、ステンレス鋼の性能を改善するという技術的な指導を提供していない。
そのため、当業者は現在の証拠に基づき、Nb、Tiを一定の含有率でステンレス鋼に添加し、本件特許の効果を得る動機付けはないと考えられる。
従って、本件特許は、進歩性が欠如するとして無効になるとは判断されない。
本件審決の論証を見ると、進歩性を判断する「3ステップ」法のステップ2では、明細書の記載により課題を確定し、ステップ3では、本件特許の成分が先行技術においての役割と本件特許においての役割との差異により、先行技術には技術的示唆があることを否定し、本件特許の進歩性を肯定しました。
これは、従来の「3ステップ」法で進歩性を判断する方法と異なり、「発明の構想」に着目しているものと考えられます。
最高人民法院が発表した2022年判旨のまとめによると、発明の構想とは、発明を完成するプロセスにおいて、発明者が直面する技術的課題を解決するために解決策を求める際に考え出した技術を改善するアイデアであり、発明の技術的な改善ルート及び最終的に形成した技術的解決策を決定するものです。
「3ステップ」法で発明の進歩性を判断するプロセスにつき、当業者が最も近い先行技術において、改善する動機付けの有無を判断する場合には、発明と最も近い先行技術との間に、発明の構想において明らかな差異を有すれば、通常、当業者は先行技術を改善する動機付けがないと判断することができます。
同じように、引例としての先行技術を結合する技術的示唆の有無を判断するとき、その先行技術との間における発明の構想において明らかな差異を有する場合、技術的示唆がないと判断することができます。
本件について、最高人民法院は特許の進歩性を判断する際に、原則「3ステップ」法により判断しなければならないと述べ、本件も例外ではなく、原則通り「3ステップ」法により判断すべきと述べました。
ただ、本件審決について、最高人民法院は「特許の進歩性の有無を評価するときの仕方は妥当ではない部分もあるが、結論には誤りがあるわけでもない」と評価しました。
本件特許の進歩性を判断する際に、最高人民法院も本件審決と同じように、明細書の記載により本件特許が解決しようとする技術的課題を確認しました。
本件特許が解決しようとする技術的課題は、ステンレス鋼管内面での水蒸気酸化スケールの生成を防止するため、オーステナイト結晶粒度番号が7以上の細粒組織を有するオーステナイト系ステンレス鋼管を得なければならないこと、及び、その細粒組織を維持するため、NbやTiの炭窒化物が再固溶しやすいことです。
これらを解決しなければなりません。
これこそが、本件特許が解決しようとする技術的課題です。
最高人民法院は、発明が当業者にとって自明的であるかどうかを判断する際に、まず先行技術として本件審決に言及した証拠1~3と本件特許との相違点を確定し、「技術構想」にて進歩性の判断を行いました。
以下、証拠1の例で説明します。
証拠1では、ある耐食性と加工性に優れたFe-Cr-Ni系合金が公開され(特開平7―258801)、その公開内容の15号合金の結晶粒度番号は11であり、合金の成分の中、Ti及びOの含有量の上限値は本件特許の請求項1の範囲内となっています。
本件特許の請求項1と証拠1との相違点は、
(1)証拠1は当該合金を鋼管に使用することを公開していない;
(2)証拠1はNb及びその含有量を公開していない;
(3)証拠1はOの含有量の下限を公開していない、ということです。
証拠1の明細書によると、合金の耐食性及び加工性を向上させるため、O+P+Sの総量をコントロールする技術構想を提供しました。その中では、Oは不純物として扱われています。それに対して、本件特許の技術構想はNb、Ti、Oであり、その三つの成分の含有率をコントロールすることによりTi2O3が均一に分散析出したNb含有鋼では、製品の熱処理時にTi2O3を核にしてその周りにNb炭窒化物が析出した複合析出物を均一に分散生成することができます。その複合析出物は、NbまたはTiの炭窒化物と同じように細粒化作用を有し、高温においても安定するため、施工中の溶接や高温曲げ加工時にも再固溶せず、細粒組織を維持することができます。
その上本件特許は、Oの含有量の上下限値を限定し、明細書にある「OはTiと同様、前記複合析出物の核となるTi2O3を均一に分散生成させるために欠くことのできない元素である」という記載から見ると、一定の量のOは本件特許において必要な成分と考えられます。
これで、本件特許の技術構想は証拠1と異なり、Ti及びOの両者における役割も異なることがわかりました。証拠1の15号合金にはNb及びその含有量に関する記載がなく、Oの役割も異なるため、当業者は証拠1に基づき、一定の含有量のNbを添加する動機付けがないと考えられ、先行技術においても同時に鋼管にNb、O、Tiを添加する技術的指導を提示したことがなく、技術常識にもNB、Ti、Oの含有率をコントロールすることにより本件特許のような技術的効果を得るように情報もありません。従って、本件特許は進歩性を有すると考えられます。
証拠2及び証拠3についても、最高人民法院は同様な方法で本件特許の進歩性を肯定しました。
上記の論述から見ると、最高人民法院は典型的な「3ステップ」法で本件特許の進歩性を評価するのではなく、ステップ2及びステップ3を合わせて、「技術構想」という概念からより全体的な視点で進歩性を判断していると考えられます。
ここでの「技術構想」は、最高人民法院が発表した2022年判旨のまとめに言及した「発明の構想」と似たような概念と考えられます。これは、一般的「3ステップ」から脱出して、柔軟性を持って特許の進歩性を判断する試みと思われます。
実務においても、同じような考え方で、拒絶理由通知または拒絶査定不服審判に対応するケースがあります。
最高人民法院の判決の示範性から見ると、「技術構想」により進歩性を判断することは、「3ステップ」法の機械的な判断の枠組みから脱出し、柔軟に技術的示唆の有無を判断する斬新な考えかもしれません。
中国での拒絶理由通知への応答、拒絶査定不服審判の対応、特許裁判の対応の参考になると考えられます。