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中国 高度の蓋然性の判断による特許公然実施の認定

2026年 2月17日
 弁理士法人 浅村特許事務所


中国 高度の蓋然性の判断による特許公然実施の認定


 



浅村特許事務所
中国弁護士   鄭 欣佳

 
 国を跨いで作成された公証証書は高度の蓋然性の判断により公然実施を証明することができ、特許を無効にした案件です。


高度の蓋然性の判断による特許公然実施の認定 

 今回紹介するのは、「塗装後耐食性に優れたホットスタンプ成形された高強度部品およびその製造方法」という特許(以下、「本件特許」という。)に対する無効審判です。
 審判の請求人は育材堂(蘇州)材料科技有限公司、宝山鋼鉄股份有限公司、淩雲吉恩斯科技有限公司長春分公司、及び株式会社POSCOであり、特許権者は日本製鉄株式会社です。  POSCO営業秘密流出事件の続編として考えられます。

 請求人側は立証のため、イタリアで自動車を購入、解体し、その部品を中国において測定し、その結果、関連する数値は本件特許の範囲内であるという結論に至りました。

正を行い、本件特許の請求項を訂正しました。
訂正後の請求項は下記の通りになりました。
 

【請求項1】

ホットスタンプ成形された高強度部品であって、
鋼板の表面にAl-Fe金属間化合物相を含む合金めっき層を有し、
該合金めっき層は、複数の金属間化合物の相から構成されており、
前記複数の金属間化合物の相中のAl:40~65質量%を含有する相の結晶粒の平均切片長さが3~20μmであり、平均切片長さは、鋼板面に平行な方向に測定した平均切片長さをいう
該Al-Fe合金めっき層の厚みの平均値が10~50μmであり、
該Al-Fe合金めっき層の厚みの標準偏差の厚みの平均値に対する比が、
 次式: 0<厚みの標準偏差/厚みの平均値≦0.15  
該Al-Fe合金めっき層が、質量%でSi:2~7%を含有する
満足することを特徴とする、塗装後耐食性に優れたホットスタンプ成形された高強度部品。

【請求項2】

前記厚みの標準偏差の厚みの平均値に対する比が0.1以下であることを特徴とする、請求項1に記載の塗装後耐食性に優れたホットスタンプ成形された高強度部品。

【請求項3】

前記Al-Fe合金めっき層の表面にZnOを含有する表面皮膜層が積層されていることを特徴とする請求項1または2に記載の塗装後耐食性に優れたホットスタンプ成形された高強度部品。

【請求項4】

前記表面皮膜層のZnOの含有量は、Zn質量換算で片面0.3~7g/m2であることを特徴とする、請求項3に記載の塗装後耐食性に優れたホットスタンプ成形された高強度部品。

【請求項5】

前記鋼板が成分として質量%で、
C:0.1~0.5%、
Si:0.01~0.7%、
Mn:0.2~2.5%、
Al:0.01~0.5%、
P:0.001~0.1%、
S:0.001~0.1%、及び
N:0.0010%~0.05%、
を含有し、残部がFe及び不可避的不純物より成る化学成分の鋼板から成ることを特徴とする請求項1または2に記載の塗装後耐食性に優れたホットスタンプ成形された高強度部品。

【請求項6】

前記鋼板が、さらに質量%で、
Cr:0.4超~3%、
Mo:0.005~0.5%、
B:0.0001~0.01%、
W:0.01~3%、
V:0.01~2%、
Ti:0.005~0.5%、
Nb:0.01~1%
Ni:0.01~5%、
Cu:0.1~3%、
Sn:0.005%~0.1%、
Sb:0.005%~0.1%
から選ばれる1種、または2種以上の成分を含有することを特徴とする請求項5に記載の塗装後耐食性に優れたホットスタンプ成形された高強度部品。

訂正後の請求項について、請求人らは公然実施の証拠セットを提出し、請求項1の新規性・進歩性欠如を主張しました。

その証拠セットには下記の公証証書が含まれています。
公証証書ミラノの公証人Alessandra Radaelliにより作成されました。公証証書には下記のような内容が記載されています:
公証人Alessandra Radaelliの立会いの下、弁護士のIgnazioGattoはBAOSTEEL EUROPE GMBH股份有限公司(ミュンヘンにある宝山鋼鉄股份有限公司の関連企業)の依頼を受け、2021年 2月にミラノのTosca代理店で、初度登録年月が2009年 1月のフィアット500自動車(以下、「本件自動車」といいます)を購入しました。
その後、本件自動車は売主によりAUTOCARROZZERIA PERLA&C.S.A.S DI GIUSEPPE DE LETTERIIS自動車修理工場に運送され、工場の職人が自動車のフロントバンパー、ガード、Bピラーを取り外し、運送箱に入れ、中国上海FEDEXの操車場を目的地とする搬送業者に渡しました。 公証証書には下記のような資料が添付されています:

A: 売主MAIOCCHI 23 SRL社の代表が署名した自動車販売の声明書及びそれに関する証拠;無効審判において、特許権者は元の請求項3,8-12を削除し、残りの請求項に適応的な修正

B: 売主MAIOCCHI 23 SRL社の代表が署名した自動車の保険状況;

C: 本件自動車が修理工場に到着したとき、フレームに固定された車標の写真;

D – L: 本件自動車が修理工場で解体される前の写真;
フロントバンパー、ガード、Bピラーを取り外す時の写真;
運送箱を封じ、また箱の外側、封印紙の騎縫に署名する時の写真;
貨物運送状;
中国ミラノ領事館の認証。

証拠セットには上海宝山公証役場の公証証書も含まれています。
上海宝山公証役場の公証証書の記載によると、請求人の代理人及び公証人は2021年 3月にFEDEXの操車場で運送箱を受け取り、上海宝山高新技術零部件有限公司に運送し、開封しました。
箱内の本件自動車のフロントバンパー、ガード、Bピラーをさらに解体し、複数セットのサンプルを取りました。その中の2セットは公証役場に保管されました。
2021年 6月、公証人は2セットのうちの1セットを鋼研納克検測技術股份有限公司に渡し、測定を依頼しました。
測定の結果、Bピラー及びバンパービームのサンプルの化学成分は、本件特許の請求項1の範囲内であることを判明しました。

 特許権者は、本件自動車の初度登録年月、購入・サンプル採取する過程、測定過程に対して反論をしませんでした。
本件自動車の保険記録及び修理工場の職人の証言について、それで本件自動車が修理されていないことを証明することができないと反論しました。
また、本件自動車が修理工場に運送される途中、部品が交換された可能性があると指摘しました。

特許権者の反論について、合議体は下記の通りに判断を下しました:

1.イタリアで作成された公証証書に、公証人は自動車が修理工場に運送されるプロセスを確認したという記載がありませんが、公証人の同行は慣例です。
しかも、自動車を運送したのは売主であるため、公証人が同行していなくても、売主は運送された自動車が完全であることを保証する義務があります。
さらに、売主は自動車販売、管理及び賃貸を業にする第三者の企業として、購入者BAOSTEEL EUROPE GMBH股份有限公司との間に利害関係があることを示す証拠がなく、購入者に協力し、偽りの自動車保険記録を提示、自動車の重要部品を交換する証拠もありません。

2. 保険記録及び修理工場の職人の証言により、本件自動車の解体された部品は交換されていません。
特に、修理工場の職人は自動車修理に豊富な経験を有し、重要部品を解体してから、この部品は交換されたかどうかについて正確な判断をすることができます。
しかも、職人の発言は公証人の面前で行われたため、より慎重にしているはずと考えられます。

3. 証拠には、本件自動車のいくつかの主要部品(フロントバンパー、バンパービーム、Bピラーを含む)を解体し、測定したことを記載しています。
これらの部品は自動車の主要部品であり、重大な事故に遭ってない限り、上記の部品を同時に交換するのは考えられません。
交換したとしても、何らかの痕跡が残っていると容易に想像できます。

4. 特許権者は自ら指摘した内容について証拠を提供していません。
自動車業界の慣習によると、同様のめっき鋼板は同じモデルの自動車に繰り返して使用されます。
フィアット500自動車は販売量が多いモデルであるので、反対の証拠を提出するのは難しくないと考えられます。

従って、請求人は既に立証責任を果たし、提出した証拠は相互に証拠力を補強し合うことができ、高度の蓋然性の証明基準に達し、測定部品は本件自動車のオリジナル部品であることを証明できていると考えられます。
特許権者も反対する証拠を提出しなかったため、上記証拠は証明力があると判断されました。
本件自動車の初度登録年月は2009年 1月であることについて、特許権者は異議を申し立てませんでした。
その日にちは本件特許の優先日より早いため、本件特許の先行技術となります。
請求項1の特徴は全て上記証拠により公開されたため、請求項1は新規性を有しないと判断されました。
ほかの請求項も、上記証拠及びその他の先行技術により、新規性、進歩性を失いました。 結果、訂正後の請求項1―6も、新規性・進歩性が欠如しているとして、全て無効となりました。

本件は、イタリアから中国まで、国を跨いで、事実実験公証により、公然実施を立証する案件です。請求人にとって立証するハードルは高いですが、権利者が公証証書を無効にするハードルも高いと考えられます。

 本件において、一番有力な証拠はイタリアで作成された公正証書、中国で作成された公証証書及び自動車部品の測定結果により構成された証拠のセットと考えられます。単独で見ると、各々の証拠の証拠力が強いとはいえませんが、業界の慣習、経験などと併せて、相互に証拠力を補強し合うことができれば、高度の蓋然性の証明基準に達していると判断することができます。
本件審判も、無効審判の請求人が立証する時の見本ともなります。
証拠に対する反論について、請求人が既に立証責任を果たした後、権利者は要証事実に対して単に異議を申し立て、立証することができるのに立証しない場合、請求人が提出した証拠の証拠力を否定することはできません。

 


① 審決には請求項7と記載していますが、文脈を読むと請求項5であるべきと判断し、請求項5に変更しました。