2025年12月11日
弁理士法人 浅村特許事務所
中国 無効審判における請求項の造語に対する解釈

浅村特許事務所
中国弁護士 鄭 欣佳
無効審判において、当該技術分野では通常の定義がない技術用語を解釈する基準を説明します。
無効審判における請求項の造語に対する解釈
本件は、「ユーザインタフェース要素を操作する装置、方法及びコンピュータ読み取り可能性な記憶媒体」とする特許(以下、「本件特許」という。)に関する無効審判です。
審判の請求人はマイクロソフト(中国)有限公司「Microsoft(China)Co., Ltd.」であり、権利者はニューマン インフィニット,インク(Newman Infinite, Inc)です。
本件はコンピュータ分野において、当該分野の一般的な技術用語ではない語を用いて機能を表現した典型的な事例であり、主に特許請求の範囲における技術用語の解釈が争点となりました。
係争特許は、タッチスクリーン上でシンプルなドラッグ&ドロップ操作を用いてグラフィカルユーザインターフェースを操作する技術に関するものです。
本件特許が解決しようとする技術的な課題は、マルチタッチデバイスでグラフィカルソフトウェアを作成する際、そのマルチタッチデバイスの精度がマウスや他のポインタと比べて高くないために誤操作が多くなるということにありました。
本件特許は、ユーザーが操作しようとするユーザインタフェース要素をタッチすると、クラッチユーザインタフェース要素の機能が割り与えられ、これに呼応して、ターゲットユーザインタフェース要素のユーザーによる操作(例えば、着色、回転、移動など)が有効となる機能を有し、ユーザーが非対象のユーザインタフェース要素を誤って操作したとしても該当する機能が働かず、その結果、誤操作が回避されるという技術的効果を有します。
本件特許の一部の請求項は下記の通りです:
【請求項1】
表示画面上に示されたユーザインタフェース要素を操作する方法であって、 タッチセンサー式表示画面上にターゲットユーザインタフェース要素を表示するステップと、
クラッチユーザインタフェース要素を表示するステップと、
前記クラッチユーザインタフェース要素の近傍に連動タッチイベントが存在しない一方で、前記ターゲットユーザインタフェース要素の近傍に選択タッチイベントが生成したと判断するステップと、
前記選択タッチイベントが生成したという判断に基づいて、操作対象の前記ターゲットユーザインタフェース要素を選択するステップと、
前記連動タッチイベントの生成時点を判断するステップと、
前記連動タッチイベントが生成すると、前記ターゲットユーザインタフェース要素に関連した操作機能をプロセッサによって有効にするステップと、
を備える方法。
【請求項2】
前記連動タッチイベントが生成していない時点を判断するステップと、
前記ターゲットユーザインタフェースに関連した前記操作機能を無効にするステップと、
をさらに備える、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記連動タッチイベントが存在しない一方で、ユーザインタフェース要素を選択可能となるように選択機能を有効にするステップを、
さらに備える、請求項2に記載の方法。
【請求項4】
操作対象の前記ターゲットユーザインタフェースを選択するステップは、前記選択タッチイベントが生成したという判断に基づいて、前記ターゲット要素に関連したターゲット要素識別子をメモリに格納するステップを有する、
請求項1に記載の方法。
【請求項5】
前記連動タッチイベントの生成が開始したという判断に基づいて、メモリから前記ターゲット要素識別子を取得するステップと、前記ターゲットユーザインタフェースと前記操作機能とを関連付けるステップを、
さらに備える、請求項4に記載の方法。
請求人は、当該独立請求項に、「連動タッチイベントを生成してから、操作対象以外のユーザインタフェース要素を選択することができない」という必要不可欠な技術的特徴が欠如すること、及び新規性・進歩性の欠如を主張しました。
その中で、各主張に関連する「クラッチユーザインタフェース要素」の定義が争点となりました。
請求人は、「クラッチユーザインタフェース要素」の機能について、「後続の操作機能の適用対象をターゲットユーザインタフェース要素に特定し、誤操作を防止するために使用され、ターゲットユーザインタフェース要素に具体的な操作機能を割り当てる必要はない」と主張し、クラッチユーザインタフェース要素の「対象を特定する機能」を重視しました。
これに対し権利者は、「クラッチユーザインタフェース要素」の定義を明確に示しませんでしたが、クラッチユーザインタフェース要素に関連する「連動タッチイベント」の機能を記載しました。
「連動タッチイベント」とは、「クラッチユーザインタフェース要素」をタッチすることです。「連動タッチイベント」が発生した瞬間、ターゲット要素が有効となり、操作機能が付与されます。
「連動タッチイベント」が停止されるまで、操作機能をターゲット要素と連携させ、同時にその他のターゲット要素を隔離します。
「クラッチユーザインタフェース要素」をタッチすることにより、対象となる要素が有効される機能、及びその他の要素を隔離する機能等のタイミングを重視します。
請求項の保護範囲は、使用する用語の定義から決めなければなりません。
請求項の技術用語について、通常、下記ガイドラインに沿って総合的に解釈します。
① 明細書に明確な定義があり、若しくは当該技術分野においてよく使用される定義がある場合、技術用語はその定義通りに解釈され、請求項の保護範囲もそれに従って決める。
② 明細書に明確な定義がなく(例えば、当該技術用語に関する具体例及び解釈しかない場合)、当該技術分野においても通常の定義がない場合、当該技術用語を請求項の他の技術的特徴と合わせて理解し、請求項の文脈でその技術用語の定義を明確にすることができるかどうかを判断しなければならない。必要に応じて、明細書及び図面を参照し、当業者の視点から発明を包括的に理解し、技術用語の定義を確定する。
③ 請求項の文脈においても技術用語の意味を確認できない場合、さらに明細書及び図面と合わせて、発明を包括的に理解することができる。
④ 無効審判において、請求項、明細書及び図面以外、方式審査、実体審査、不服審判、無効手続きにおいて形成した審査書類、発効した権利侵害の判決、参考書、教科書、関連特許の関連する書類なども請求項を理解するための証拠として、提出することができる。
上記の考え方に沿って本件の技術用語「クラッチユーザインタフェース要素」の定義を明確にします
明細書の記載「クラッチユーザインタフェース要素」の機能として、ターゲット要素を操作することを可能にし、意図しない操作を回避するためターゲット要素をその他の要素と隔離させる、との記載があります。
さらに、「クラッチユーザインタフェース要素」の使用方法、及びクラッチを外した際の機能に関する記載もあります。
しかし、明細書における「クラッチユーザインタフェース要素」に関する記載は具体例若しくは解釈に過ぎず、明確な定義ではありません。その上「クラッチユーザインタフェース要素」は、ヒューマンコンピュータインタラクション分野における通常の定義がないため、当業者はこの用語を理解することができません。
ただし、請求項には「クラッチユーザインタフェース要素」に関連する下記の技術的特徴を示した記載があります:
前記選択タッチイベントが生成したという判断に基づいて、操作対象の前記ターゲットユーザインタフェース要素を選択するステップ
前記連動タッチイベントが生成すると、前記ターゲットユーザインタフェース要素に関連した操作機能をプロセッサによって有効にするステップ
メモリから前記ターゲット要素識別子を取得するステップと、前記ターゲットユーザインタフェースと前記操作機能と関連付けるステップ
このような技術的特徴は、文脈を通して「クラッチユーザインタフェース要素」の意味を理解するには役立ちますが、その定義を確認することはできません。
続いて当業者の視点から、明細書併せて発明の全体の理解から当該技術用語の定義を確認します。
本件特許が解決しようとする技術的な課題は、マルチタッチデバイスでグラフィカルソフトウェアを作成する際に誤操作しやすいということです。
解決する方法としては、ターゲット要素を選択し、その識別子をメモリに格納し、「クラッチユーザインタフェース要素」を介して操作する機能とターゲット要素を関連付けることで、当該操作機能をターゲット要素のみに連動させます。
その時、ターゲット要素のみしか操作できず、他の要素に対する操作が無効となることによって、誤操作を回避する技術的効果を実現します。
明細書の記載により、「クラッチユーザインタフェース要素」は、ターゲット要素に対する隔離又は連動により誤操作を回避し、ターゲット要素を操作する機能を有効させるスイッチであることを確認することができます。
明細書と併せて発明全体を理解し、技術用語の定義を確認した場合、その定義を請求項と照らし合わせて、定義の正確さを検証することができます。
本件において、「クラッチユーザインタフェース要素」の「操作する機能を有効させるスイッチ」という意味は、請求項の「連動タッチイベントが生成すると、ターゲット要素の操作機能は有効になる」という記載と一致し、「ターゲット要素に対する隔離又は連動」は、請求項に記載している「メモリからターゲット要素識別子を取得し、ターゲット要素と操作機能と関連付ける」動きの最終的な効果となります。
従って、上記の「クラッチユーザインタフェース要素」の定義は正しいと考えられます。
結果、「クラッチユーザインタフェース要素」の定義を解明することができたことを一つの理由とし、特許は有効であるという審決になりました。
本件から留意すべきことは、技術用語を理解する際には、当業者の視点から請求項、明細書及び図面の内容を理解し、発明が解決しようとする技術課題、技術手段及びその技術手段に含まれる技術的特徴を確認しなければならないこと。
一方、技術用語を理解しようとする際には、請求項の内容を基準としなければならず、請求項に関連する記載がない場合であっても明細書の内容を用い、請求項の範囲を不当に狭めることは避けるべきであるということが挙げられます。
