2025年 2月17日
弁理士法人 浅村特許事務所
中国 同一化合物の異なる結晶形に関する発明進歩性の判断
浅村特許事務所
中国弁護士 鄭 欣佳
医薬品の結晶形に関する無効審判を通して、先行技術に明らかな示唆がある場合、結晶形化合物の進歩性を判断する時の判断基準、及びその基準を満たすためのポイントを紹介します。
同一化合物の異なる結晶形に関する発明進歩性の判断
近年、医薬品化合物の特許出願及び無効審判において、医薬品結晶多形に関するものが製薬業界で注目されています。
そのような特許無効審判を請求する時によく引用されるのは、専利法の22条3項①、及び進歩性に関する条文となります。
結晶形化合物の進歩性の審査は、原則「専利審査指南」の第二部第十章に記載する化合物の進歩性に従いますが、特許審査及び裁判実務においての指針も示されています:医薬品の結晶多形に対する研究及び改善のための先行技術に明らかな示唆がある場合、結晶形化合物に進歩性があるかどうかの判断は、当該結晶形が予測できない技術的効果を有するかどうかによって行う。
今回の事例は、ある無効審判の案件を通じて、同一化合物の異なる結晶形に関する進歩性を判断する際における「予測できない技術的効果を有する」という基準を分析してみます。
今回の無効審判はアキシチニブ化合物の三種の結晶形、結晶形XLI、結晶形XXV及び結晶形IXに関するものです。
アキシチニブは、チロシンキナーゼ阻害薬またはサイトカイン療法が効かなかった進行性腎細胞癌に対する治療薬で、マルチターゲット低分子阻害薬です。
アキシチニブの結晶形には、既に数十種類の先行技術が存在しています。
無効審判請求人は、その中で最も近い引用文献として証拠1を用い、証拠1のアキシチニブの結晶形、実施例1の結晶形I、実施例4aの結晶形IV、実施例5の結晶形VIのいずれかを最も近い先行技術として選択すべきであり、本件特許で保護される結晶形は、前記すべての結晶形に優越するものではなく、よって進歩性がないと主張しました。
特許権者は、本件特許の3つの結晶形のうち、結晶形XLI及び結晶形XXVは、当時の先行技術において最も熱安定性が優れていた結晶形IVより熱安定性が高くなっているため、光安定性及び濾過性の向上という技術的効果が得られると主張し、結晶形IXについては、水性医薬製剤での高い安定性という技術的効果が得られたと主張しました。
本件特許の出願が行われる日前に、既に多種類のアキシチニブの結晶形が存在していました。
先行技術にアキシチニブの結晶形に関する明確な技術的示唆が既に存在する場合、本件特許の進歩性は、保護を求める三種の結晶形が「予測できない技術的効果」を有するかどうかによって判断されます。
合議体は、明細書に記載した実施例によって、三種の結晶形の技術的効果を確認しました。
結晶形XLI、結晶形XXVは、先行技術で知られている結晶形IVと比べると、光安定性が改善され、凝集体を形成する傾向がなく、全体の流動性が改善され、タンク内プローブに付着せず、より規則的な結晶形状を有し、より大きな結晶形を形成し、濾過速度及びケーキ洗浄速度も向上しました。
調製方法において、ノルマル-ヘプタンの代わりにエタノールを使用することにより、いくつかの優位な点があります。
結晶形IXは無水結晶形であり、水性医薬製剤においてより安定しています。
実施例により証明された技術的効果は、下記の通りです。
実施例6は、光暴露の中では、結晶形XLIの光暴露後の効力は89%、結晶形XXVの光暴露後の効力は100%であり、光暴露いずれも結晶形IVの効力34%よりはるかに高いことを証明しました。
しかし、実施例2は、結晶形IVが特定の水性環境中で結晶形IXに転移することができることを証明したにもかかわらず、この転移実験では結晶の安定性の差異を実証していません。
実施例から見ると、技術的効果があるといえるのは、結晶形XLI、結晶形XXVが、結晶形IVに比べて光安定性が著しく向上したことです。
従って、関連する結晶形の進歩性を判断する時、上記の技術的効果は本件特許が保護しようとする結晶形に「予測できない技術的効果」を有することを証明することができるかどうか、ということに焦点を当てるべきだと思われます。
技術的効果を予測できるかどうかについて、請求人は、本件特許の結晶形が特許保護を受けるためには、少なくとも証拠1のアキシチニブの結晶形(結晶形Ⅰ、結晶形Ⅳ及び結晶形Ⅵ)と比べ、予測できない技術的効果を有しなければならないと主張し、本件特許の結晶形XLIが、熱力学的に最も安定している結晶形Ⅳより光安定性が優れているに過ぎず、特許保護を受けるには不十分であり、本件特許の結晶形が光安定性において、既存のアキシチニブの結晶形のうち、光安定性が一番優れている結晶形と比べ、光安定性が顕著に改善されていることを証明しなければ進歩性があるとはいえない、と主張しました。
一方、特許権者は、本件特許で保護を求める結晶形は、先行技術において最も熱安定性が優れており、かつ、結晶形IVにより光安定性が大幅に改善されたという技術的効果が得られたことで、進歩性を有することが証明できると主張しました。
両者の争点は二つあります:
1.結晶形の技術的効果を比較するときの比較対象はどう選べばよいのか?
すなわち、結晶形IVを技術的効果の比較対象にすることが十分であったかどうか。
2.光安定性の改善という技術的効果は「予測できない技術的効果」といえるか。
二つの争点について、合議体は下記のように判断しました。
・争点1について
証拠1について当業者は、結晶形IVが最も熱力学安定性を有している結晶形であると結論を出すことができます。
本件において、熱力学安定性が優れている結晶形であっても光安定性は必ずしも良くないという証拠がないため、当業者は通常、証拠1が提供した一番優れている結晶形IVを研究の基礎とします。結晶形IVの光安定性は、先行技術の他の結晶形の平均レベルといえます。
特許権者は、既に特許保護を求める結晶形の光安定性が結晶形IVの光安定性より優れていることを証明したため、一次的な立証責任を果たしました。
結晶形IVの光安定性がアシトレチニブ結晶の公知の光安定性のレベルを代表することができることに疑問がある場合、権利確認手続きにおいて立証責任を負うのは請求人になります。
本件において、請求人は結晶形IVが先行技術におけるアシトレチニブ結晶形の光安定性のレベルを代表することができないことを証明する証拠を提出しなかったため、本件特許の結晶形XLI及び結晶形XXVが得た技術的効果を判断する際の比較基準として、結晶形IVを採用したことを否定することができませんでした。
・争点2について
争点2について、光安定性という技術的効果は、製薬業界において大きな価値があります。
進歩性の判断において、発明の技術的効果であればどのようなものでも技術的課題を再確認する基礎となり得ますが、産業上より重視される技術的効果が進歩性の判断においてより評価の焦点となるべきと考えられます。
本件について、明細書に記載している光安定性に関する試験データは、進歩性を評価する根拠として使用することができます。評価される結晶形のあらゆる面での効果が実際の医薬品製品の要件も満たさなければならないとすること求めるのは、特許の審査と医薬品登録の審査と混同していると考えられます。
ただし、結晶形IXの技術的効果については、明細書に水性結晶の安定性に関する効果実験の記載がありません。実施例2は、結晶形IVがある特定の水性環境中で結晶形IXに転移することができると記載していますが、この転移は結晶形の安定性が向上したという意味ではありません。
更に、当該技術分野には、溶解性の低い水和物結晶形を徐放剤に作成する動機付けはありません。
そのため、結晶形IXが、証拠1に開示されたアシトレチニブ結晶形と比べて、「予測できない技術的効果」を有すると判断することはできません。
従って、結晶形IXには進歩性がありません。
既知化合物の複数の結晶形について、その進歩性を判断する時、技術的効果の比較対象を選ぶのが最初のステップとなります。
本件において、先行技術の中、熱安定性が一番優れていて、医薬品業界の注目される研究テーマ結晶形IVが光安定性の比較対象として選ばれました。
本件には、熱安定性の良い結晶形の光安定性は良くないとする証拠がないため、当業者は、通常、先行技術の中に一番優れている結晶形IVを医薬品研究時の比較対象として選びます。
これにより、特許権者は一次的な立証責任を果たしたとみなされます。
進歩性を否定するための立証責任は無効請求人側が負います。
本件において、無効請求人は結晶形IVが先行技術においてアシトレチニブ結晶形の光安定性のレベルを代表することができない証拠を提出することができないため、特許権者の選んだ比較対象が認められました。
次のステップは、「光安定性の向上」という技術的効果は産業上に価値があるかどうかを判断しなければなりません。
アシトレチニブのような太陽光に敏感な薬物の場合、光安定性の向上は重要な研究テーマとなっています。
従って、結晶形XLI及び結晶形XXVが得た「光安定性の向上」という技術的効果は、産業上の価値があると思われます。
結晶形の技術的効果を考える時、注目すべき点は、
① どのような比較対象が先行技術を代表することができるか;
② 医薬品開発中に、どのような技術的効果が業界に注目されるか;
③ どの程度の改善が予測できない技術的効果と言えるか;
と思われます。
① 進歩性とは、先行技術と比べて当該発明に突出した実質的特徴及び顕著な進歩があり、当該実用新案に実質的特徴及び進歩があることを指す。