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中国 顔面イメージ取得と識別の方法及びシステム特許の無効審判をめぐる判例

2024年 8月29日
 弁理士法人 浅村特許事務所


中国 顔面イメージ取得と識別の方法及びシステム特許の無効審判をめぐる判例


 



 中国最高人民法院が、無効審判中の訂正により請求項の結合及び引用について、判断の基準を示しました。


 2018年10月、苹果電脳貿易(上海)有限公司は、北京数字奥森科技有限公司(以下、「原告」又は「上訴人」という。)が有する顔面イメージ取得と識別の方法及びシステム特許(以下、「本件特許」という。)について、中国国家知識産権局に無効審判を請求しました。
 審判中、2019年 1月に原告は本件特許の請求項に対して訂正を行い、2019年 5月に誤記の訂正も行いました。
 2019年 6月には、国家知識産権局は一部の請求項に対する訂正が不適法であることなどを理由として、本件特許は全部無効とする審決(以下、「本件審決」という。)を下しました。2019年  9月に、上訴人は第一審の北京知識産権法院に本件審決を取り消す訴訟を提起しました。

 本件の争点は、訂正後の請求項の適法性及び進歩性となります。
 第一審判決では、原告の全請求を棄却し、訂正後の請求項の適法性を否定し、その進歩性も否定しました。
 第二審である最高人民法院の判決では、第一審の判決を覆し、請求項に対する訂正を認め、国家知識産権局に再審査することを命じました。

 今回は、請求項の訂正が適法であるかどうかをどう判断すべきかについて説明致します。

 本件特許の訂正が行われたのは2019年 5月であるため、その適法性の判断は、2008年の専利法及び2010年の専利実施細則が適用されます。同時期の専利審査指南にもガイドラインがあります。

 第二審判決は、まず、権利確認のプロセス(無効審判等)において、請求項訂正の手続が存在する意味を説明しました。
 権利確認のプロセスに、請求項に対する訂正を認めるのは、イノベーションの保護を実質的に励み、請求項が適切に作成されていないという理由だけで技術的貢献を伴う発明が保護されないことを防ぐためです。
 一方、権利確認手続が行われる時点に、特許が既に登録されていて、法秩序が安定している以上、国民の信頼を著しく損ない、法秩序の安定が揺らぐことを避けるため、訂正に制限をかける必要があります。

 そのため、専利法の第33条、専利法実施細則の第69条の第1項において、権利確認のプロセスに訂正後の請求項を認めることに関するルールが設けられ、専利審査指南にも詳しいガイドラインが作られました。

 訂正後の請求項を認めるかどうかについて、下記の課題を考えなければなりません。

 

1.訂正の範囲について

 権利確認のプロセスでの訂正範囲は、専利法第33条の「情報範囲」及び専利法実施細則第69条1項の「保護範囲」を超えてはなりません。   
 専利法第33条には、「出願人は、その専利出願書類に対して補正を行うことができるが、発明及び実用新案に対する専利申請書類に対する補正は、元の明細書及び権利要求書(請求の範囲)に記載された範囲を超えてはならない」という規定があります。
 この規定は出願手続における規定ですが、訂正についてはなおさらです。つまり、元の明細書及び権利要求書(請求の範囲)に記載された情報を超えて訂正してはなりません。専利実施細則の第69条1項には、「無効宣告(無効審判)請求の審査過程において、発明又は実用新案の特許権者はその特許請求の範囲を修正することが出来るが、元の特許の保護範囲を拡大してはならない。」という規定があります。
 そこで、「情報範囲」及び「保護範囲」が明らかにされました。

 

2.訂正の方式について

現行の専利審査指南に定めた権利確認手続において請求項の訂正方式は、
 ①請求項の削除
 ②技術的解決手段の削除
 ③請求項のさらなる限定
 ④明らかな誤りの訂正、4つです。
その中で、「請求項のさらなる限定」は、ほかの3つの方式により、特許権者に比較的緩やかで柔軟に訂正する可能性を残しています。専利審査指南は、「請求項のさらなる限定」とは、請求項にその他の請求項に記載の1つ又は複数の技術特徴を補足し、保護の範囲を縮小することを指す、と定義付けています。

従って、ある請求項の訂正が「請求項のさらなる限定」になっているかどうかを判断するとき、国家知識産権局は、
(1)訂正後の請求項が、訂正された請求項の技術的特徴をすべてそのまま含んでいるかどうか;
(2)訂正後の請求項が、訂正された請求項と比較して、新たな技術的特徴を追加しているかどうか;
(3)追加された技術的特徴が他の原請求項から派生したものであるかどうか、
を審査しなければなりません。

 訂正後の請求項がいずれの原請求項を完全に含まない場合、又は他の原請求項から派生しない新たな技術的特徴を訂正後の請求項に追加した場合、その訂正は、「請求項のさらなる限定」ではなく、請求項の「書き換え」又は「二次的まとめ」である可能性があります。

 

3.訂正の目的について

 専利権利確認手続においての請求項訂正は、一般的に、無効理由(無効審判請求人が提出した無効理由または追加証拠、及び無効審判請求人が言及していない国家知識産権局が導入した無効理由または証拠を含む)に対応するものに限定すべきです。非対応訂正、すなわち、無効理由に言及された瑕疵を克服する名目で請求項を最適化する訂正は、権利確認手続の制度的方向性に沿わないため、認めないとすることができます。

 なお、権利確認手続においては、訂正前の請求項は当然に審査の基礎となり、請求項訂正に関する法令その他の制限の評価対象とはならないので、審査基準の確認に際しては、当該請求項が訂正前の請求項であるのか、訂正により形成された新たな請求項であるのかを明らかにしなければなりません。   
 請求項が訂正されたか否かは、訂正前後の請求項の保護範囲が実質的に変更されたか否かに基づき判断しなければなりません。一般的に言えば、請求項の番号の単純な変更、従属請求項と独立請求項の書き方の単純な変換、並存する技術的解決策を含む請求項の単純な分割は、保護範囲に実質的な影響を与えないので、請求項の訂正には該当しません。
  
 本件審決は、訂正後の請求項4、7、11、12及び請求項8~10のうち、請求項4及び7を引用した技術的解決策を認めませんでした。これに対し、第二審判決は以下のように分析しました。   
 まず、関連する訂正前後の請求項を挙げます。

 

 訂正前の請求範囲

 【請求項1】
顔面イメージを利用し識別を行う方法であって、
ステップ1、顔面イメージ識別システムをスタートし;
ステップ2、人体が上述の識別システムに近づき、主動光源を触発し、人体の頬エリアに照射を行い;
ステップ3、結像装置は主動光源が照射した頬エリアの撮影を行い、相応のイメージを取得し;
ステップ4、上記結像装置は、撮影した少なくとも1枚のイメージをキャッチし、イメージデータ処理システムに伝送し、
      上記イメージデータ処理システムが当該イメージ中から人間の目及び/又は顔面を測定し、定位し;
ステップ5、上記イメージ中から顔面イメージを取得、並びに、顔面イメージの特徴抽出を行い;
ステップ6、データベース中の顔面イメージデータと顔面の特徴対比を行い;
ステップ7、識別結果を取得する; ことを含むことを特徴とする、顔面イメージを利用し識別を行う方法。

 【請求項3】
上記主動光源がフラッシュライトであることを特徴とする請求項1の顔面イメージを利用し識別を行う方法。

 【請求項9】
主動光源を利用し顔面イメージを取得する方法であって、
主動光源を採用し撮影された顔 面エリアに照射を行い、結像装置を使用し顔面の撮影を行い、相応のイメージを取得し、そのイメージを相応のイメージデータ処理システムに伝送し、顔面イメージの識別処理を行い、その内、上記主動光源と環境光源は、人の顔部で生じた結像の総エネルギーは環境光源が人の顔部で生じた結像エネルギーより大きいことを特徴とする、主動光源を利用し顔面イメージを取得する方法。

 【請求項13】
上記主動光源がフラッシュライトであることを特徴とする請求項1の顔面イメージを利用し識別を行う方法。

 

 訂正後の請求範囲

 【請求項1】
顔面イメージを利用し識別を行う方法であって、
ステップ1、顔面イメージ識別システムをスタートし;(技術的特徴1B)
ステップ2、人体が上述の識別システムに近づき、主動光源を触発し、人体の頬エリアに 照射を行い;(技術的特徴1C) ステップ3、結像装置は主動光源が照射した頬エリアの撮影を行い、相応のイメージを取 得し;(技術的特徴1D)
ステップ4、上記結像装置は、撮影した少なくとも1枚のイメージをキャッチし、イメー ジデータ処理システムに伝送し、
      上記イメージデータ処理システムが当該イメージ中から 人間の目及び/又は顔面を測定し、定位し;
      (技術的特徴1E)
ステップ5、上記イメージ中から顔面イメージを取得、並びに、顔面イメージの特徴抽出 を行い;(技術的特徴1F)
ステップ6、データベース中の顔面イメージデータと顔面の特徴対比を行い;(技術的特徴1G)
ステップ7、識別結果を取得する;(技術的特徴1H) 上記主動光源は、以下のものを含む主動輻射源である:赤外光源、
      可視光源、またはそれらの任意の組み合わせ;(技術的特徴1L)

ステップ2は、環境光源で上記人体の頬エリアに照射を行うことをさらに含み、上記主動光源及び環境光源が人体の顔面部分において生じた結像の総エネルギーは、上記環境光源によって生じた結像エネルギーよりも大きい;(技術的特徴1J)
ステップ4の後に人間の目と/或いは顔面の測定が成功か否かを判断するステップを含み、もし成功した場合は、引き続きステップ5を実行し、そうでない場合はステップ4を実行する;(技術的特徴1K)
ステップ4のなか、上記イメージ中の人間の目反射で生じた高明点の測定、並びに定位し、上記高明点を利用し、イメージ中から人間の目位置を測定、並びに定位するステップも含む;(技術的特徴1L)
ことを含むことを特徴とする、顔面イメージを利用し識別を行う方法。

 【請求項4】
顔面イメージを利用し識別を行う方法であって、
ステップ1、顔面イメージ識別システムをスタートし;
ステップ2、人体が上述の識別システムに近づき、主動光源を触発し、人体の頬エリアに 照射を行い;
ステップ3、結像装置は主動光源が照射した頬エリアの撮影を行い、相応のイメージを取 得し;
ステップ4、上記結像装置は、撮影した少なくとも1枚のイメージをキャッチし、イメー ジデータ処理システムに伝送し、
      上記イメージデータ処理システムが当該イメージ中から 人間の目及び/又は顔面を測定し、定位し;
ステップ5、上記イメージ中から顔面イメージを取得、並びに、顔面イメージの特徴抽出 を行い;
ステップ6、データベース中の顔面イメージデータと顔面の特徴対比を行い;
ステップ7、識別結果を取得する; 上記主動光源がフラッシュライトである、
ことを含むことを特徴とする、顔面イメージを利用し識別を行う方法。

 【請求項7】
主動光源を利用し顔面イメージを取得する方法であって、
主動光源を採用し撮影された顔面エリアに照射を行い、
結像装置を使用し顔面の撮影を行い、相応のイメージを取得し、顔面イメージの識別処理を行い、
その内、上記主動光源と環境光源は、人の顔部で生じた結像の総エネルギーは環境光源が人の顔部で生じた結像エネルギーより大きい、上記主動光源がフラッシュライトである、
ことを特徴とする、主動光源を利用し顔面イメージを取得する方法。

 【請求項11】
請求項1、4、5又は7で述べた方法を実現する顔面イメージ識別システムであって、
結像装置、主動光源、コントロールスイッチとイメージデータ処理システムを含み;
上記主動光源は、上記人体の頬エリアの照射を行うのに使用され;
上記コントロールスイッチは、主動光源をコントロールし、上記人体の頬エリアの照射に使用され;
上記結像装置は、上記主動光源が照射した顔面エリアの撮影を行い、相応のイメージを取得し、撮影した少なくとも1枚のイメージをイメージデータ処理システムに伝送するのに使用され;
上記イメージデータ処理システムは、上記結像装置が転送したイメージを受け入れ、上記イメージにおいて人間の目と/ 或いは顔面を測定、並びに定位し、上記イメージ中から人の頬分イメージを取り顔面の特徴抽出を行い、データベース中の顔面イメージデータと顔面の特徴対比に使用され、
更に環境光源を含み、上記人体の頬エリアの照射に使用され、その内、上記主動光源と環 境光源が人の顔部で生じた結像の総エネルギーは、環境光源が人の顔部で生じた結像エネ ルギーより大きい、
上記主動光源と上記結像装置の相対位置が固定され、上記主動光源の投射方向は、上記結 像装置の動画撮影レンズの軸線と鋭角、即ち、0-90度の間になり、
上記主動光源がフラッシュライトである、
ことを特徴とする、顔面イメージ識別システム。

 【請求項12】
上記主動光源の投射方向は、上記結像装置の動画撮影レンズの軸線と平行方向であることを特徴とする、請求項11記載の顔面イメージ識別システム。

本件審決は、訂正後の請求項4は元の請求項3を元の独立請求項1に結合したものであり、請求項7は元の請求項13を元の独立請求項9に結合したものであると判断しました。上訴人は、訂正後の請求項4、7は、特許の本来の請求項であり、訂正されていないため、範囲を超える修正である可能性はないと反論しました。   
第二審判決は、訂正後の請求項4、7は、それぞれ元の請求項3、13であり、実質的に、元の請求項1及び3、ならびに元の請求項9及び13の結合ではないという判断を下しました。

その理由は以下の通りです。   
まず、従属請求項は通常、「引用部分+限定部分」の形式で作成されます。特に引用部分は、全文の引用を行わず、引用された請求項の番号のみを指定し、文章表現を洗練させ、従属関係を明確にすることを目的としています。
専利権者は、元の従属請求項を修正したくないが、元の従属請求項の引用された請求項(独立請求項又は他の先行する従属請求項)が修正されて存在しなくなり、もはや番号で指定できる対象がなくなり、従属関係を明確にする必要もなくなりました。
必然的に、引用された部分の表現を請求項の番号から全文に変更しなければなりませんが、請求項の実質的な内容及び保護範囲は表現の変更により変わるわけではありません。
すなわち、変更後、形式上新たな独立請求項は元の従属請求項そのものであり、元の従属請求項が訂正されたものではありません。
  
次に、請求項の結合は、結合された多数の請求項の全ての技術的特徴を一つの請求項に取り込むことであり、請求項を更に限定する方法の一つです。
訂正された請求項は、結合された請求項の全ての技術的特徴を含み、且つ、結合された請求項の全ての技術的特徴のみを含み、訂正された請求項の保護範囲は、原則、結合された請求項の保護範囲より小さくなければなりません。
従属請求項は、引用された請求項の技術的特徴及び追加の技術的特徴をすべて含み、且つ、それのみを含みます。
従属請求項とそれが引用する請求項とを結合したいわゆる新しい請求項は、実質的な内容においても保護範囲においてにも元の従属請求項と同一であるため、結合する必要もなく、結合の効果もないので、請求項結合の基本的な目的にも沿いません。
  
本件において、訂正後の請求項4と元の請求項3は、実質的な内容も保護範囲もまったく同一であり、唯一の相違点は、訂正後の請求項4は元の請求項1の対応する内容の全文で表現をし、元の請求項3は番号指定の方法の番号を採用することです。
そのため、訂正後の請求項4は元の請求項3であり、元の請求項1、3を結合したものではありません。 同様に、訂正後の請求項7も元の請求項13であり、原請求項9と13を結合したものではありません。   
従って、訂正後の請求項4、7は、訂正後に形成された新たな請求項ではなく、本件特許の元の請求項であるため、審査基準における訂正が認められないことはありません。
本件審決が訂正後の請求項4、7を認めず、審査基準から除外することは、事実上の根拠に基つく判断ではないため、国家知識産権局が再審査することを命じました。      

最高人民法院の第二審判決は、訂正により請求項の結合及び引用について、判断の基準を示しました。
請求項訂正について参考になるのではないかと思います。


① アップル社の上海子会社。