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中国 無効審判事例――漢方発明の実験データにおける真実性等の判断

2023年 8月23日
浅村特許事務所


中国 無効審判事例――漢方発明の実験データにおける真実性等の判断


 

   

浅村特許事務所
中国弁護士   鄭 欣佳

 

漢方発明において、明細書の十分な開示に関係する実験データの真実性、及び実験データが発明の効果を裏付けるかどうかを判断するときの考え方をご紹介します。

 

漢方発明の実験データにおける真実性等の判断

 今回の無効審判された特許(以下、「本件特許」といいます。)に関連する製品――複合血栓溶解製剤は中国において、年間売上高が10億人民元以上に達する漢方薬で、主に網膜静脈閉塞及び狭心症の治療に用いられます。特許査定を受けてから13年間に、9回の無効審判が請求され、3回の侵害訴訟が提起されました。今回の無効審判についても、国家知識産権局は特許が有効であるとの判断を下しました。

 本件特許は、田七人参、黄耆(オウギ)、丹参(タンジン)、玄参(ゲンジン)、田七人参かすから作られた血栓塞栓の治療に使う配合漢方薬製剤及びその調製方法を保護することを求めています。明細書には、本発明の主な技術手段は、田七人参かすを直接に薬に埋め戻すことであり、この手段によって田七人参の有効成分の利用率を向上させ、臨床においてより優れた治療効果をもたらすという技術的課題の解決がされる、と記載されています。

 漢方特許において、どのように明細書の実験データの真実性を見極めるか、実験データの記録をどの程度まで開示するのが十分な開示だと言えるかが、漢方特許の審査における重要なポイントであり、難点でもあります。それによって、クレームが裏付けられているかどうか、進歩性が具備するかどうか、特許要件を満たしているかどうか、を判断することができます。

 今回は、明細書の十分な開示に関係する実験データの真実性、及び実験データが発明の効果を裏付けるかどうかを判断するときの考え方をご紹介します。

無効審判の請求人が本件特許の開示が不十分であると主張した主な理由が二つあります:

1. 本件特許の実験データの一部は、過去に他人が発表した複数の雑誌論文に記載された実験データとほぼ同じでしたが、投与計画が異なっていました。そのため、本件特許の実験データは盗用・捏造された疑いがあり、その真実性に疑問があるとして、特許の技術的効果を立証することができませんでした。

2. 実験サンプルの記載は明確にされておらず、実験計画にも欠陥がありました。その技術方案が発明の技術的問題を解決できることを証明することができませんでした。

この二つの理由について、国家知識産権局は下記の考え方を示しました。

 

実験データの真実性について

 特許の無効審判において、請求人は特許の実験データの真偽を争う権利を有します。ただし、実験データに真実性がないと主張する場合、この事実を立証する責任も請求人側にあります。

 合議体は特許権者と論文著者との関係、データの重複及びごく一部の記載に相違があることの妥当性、特許記載内容の正確性について分析しました。

1. 特許権者と論文著者との関係について
特許権者は、1996年、2000年、2008年の3年分の複合血栓溶解カプセルの薬事承認及び附属する医薬品基準・説明書を提出し、論文著者との協力関係を証明しました。特許権者の前身である「東莞石龍製薬廠」と雑誌論文の著者の所属大学が、複合血栓溶解カプセルの協力研究者です。両者共同で、関連する医薬品の基準を提出しました。特許権者が複合血栓溶解カプセルの生産企業であり、基準提出者でもあることを示しました。

また、論文の掲載雑誌にも、実験薬が東莞石龍製薬廠から提供されたことが明確に記録されています。反対の証拠がない限り、特許権者と雑誌論文著者の所属大学は、確かに協力研究関係であることが確認できます。

2. データの重複及びごく一部の記載に相違があることの妥当性について   
医薬品研究開発において、両者が共同研究関係に基づき、同一種類の医薬品について同一の実験結果を得ることが研究開発の実態に即しています。
もっとも、多くの製薬企業には医薬品の処方情報に対する守秘義務があり、研究者によっては医薬品の配合処方を理解していない可能性もあります。

また、共同研究のなか、実験情報を照合・分析する際に、実験担当者によって情報不足や理解の違いによる表現の違いが生じる可能性もあります。

したがって、両薬剤の投与情報は異なりますが実験データの重複が多く、及び特許出願日が論文の雑誌への掲載日よりも後であることのみをもって、本件特許が従前の雑誌文献からのコピーに基づいて作成されたものであると断定することはできません。

3. 特許記載内容の正確性
両者の投与情報の記載に相違がある場合、どちらの情報が真実であるかを判断する必要があります。証拠により、特許権者が複合血栓溶解カプセルの研究会社および基準提出者の一人であると同時に、承認された医薬品の唯一の製造者であることが証明されています。
明細書に記載された実験データから見ると、雑誌の論文が薬力学試験におけるいくつかの方向性に焦点を当てることより、本件特許は包括的に実験データを記載しています。それより、特許権者の主張――自社のほうが正確な実験プログラムおよび薬剤組成情報を有していること――が合理的であると思われます。

したがって、雑誌証拠の関連記録は真実かつ正確であり、本件特許の記録は虚偽かつ捏造されたものであると判断することはできません。
   


実験データが発明の効果を裏付けるかどうかについて
  

本件において、請求人は、

(1)田七人参かすの含有量測定研究及び薬力学試験において、試験サンプルの出所及び製法が明確に開示されていなかったこと;

(2)薬力学試験において、かすを薬に埋め戻すことという単一因子が発明に対する効果を検証しておらず、対照製剤との間に統計学上に顕著的な差があるかどうか、あらゆる面において比較例に対してより良い結果が得られていることを示していなかったこと;

により、実験データが発明の効果を裏付けることができてないと主張しました。

これに対し、合議体は下記2つの考え方を示しました。

1. 明細書が十分に開示されたかどうかを判断するとき、当業者の立場で、部分的な記載ではなく、明細書の記載の全体を考慮しなければならないこと。

本件において、田七人参かすの含有量の測定及び薬力学試験の実施例には、試料の出所を完全に記載していませんが、明細書の他の部分には、上記試料の調製方法及び出所に関する情報が記載されています。明細書の全体的な記載及び属する技術分野における従来の知識に基づいて、試料の出所及び調製方法に関する知識を得ることができ、本発明の技術方案を実施することも可能です。

2. 明細書が十分に開示された(完全開示)かどうかを判断するとき、その判断基準は、明細書にすべての技術内容を詳しく記録しなければならないということではなく、発明の技術方案があらゆる面ですべての比較例より優れていなければならないことでもありません。

明細書の全体的な記載に基づいて、当業者が請求項の技術方案を理解、実現することができ、当該技術方案が発明の技術的課題を解決し、発明の技術的効果を実現することができると期待する場合、明細書は完全開示されていると考えられます。   

本件において、明細書には、薬力学データのほか、田七人参かすの成分の含有量も測定しました。その結果、田七人参かすには依然多くの有効成分が含まれており、一部の成分の含有量は田七人参生薬及び田七人参エキスの含有量に匹敵するか、あるいはそれ以上であり、これらの有効成分は複合血栓溶解製剤の機能に合致していることが分かりました。

これに基づき、実験データを総合的に考えると、一つの要因の薬力学試験が厳密に実施されていなくても、当業者は、田七人参かすの粉末を埋め戻すという技術方案によって、田七人参のすべての有効成分の利用率を向上させることができ、かすを埋め戻した製剤は、同じ状況下で明らかに治療効果が向上することが期待できます。

薬物動態試験では、本発明と比較製剤の間に有意差があるかどうかは示されませんでしたが、多くの実験において、本発明の実験値は、かすを含まない製剤の実験値より優れており、マウスの生理指標を改善する効果があることが証明されました。

以上の検討の結果、国家知識産権局合議体は本件においても、特許の明細書に記載された実験データは、本件特許が開示された要件を満たすと証明するのに十分であると判断しています。