2023年 7月13日
浅村特許事務所 知財情報
日本 不正競争防止法等の一部を改正する法律(知財一括法)公布
不正競争防止法等の一部を改正する法律(知財一括法)が可決・成立し、2023年 6月14日に法律第51号として公布されました。
この法律の施行日は主に「公布の日から起算して1年を超えない範囲内において政令で定める日」ですが、一部の法律は2023年 7月 3日に施行されました。
この度の法律は、
1.デジタル化に伴う事業活動の多様化を踏まえたブランド・デザイン等の保護強化
2.コロナ禍・デジタル化に対応した知的財産手続等の整備
3.国際的な事業展開に関する制度整備
に対応し、不正競争防止法、特許法、実用新案法、意匠法、商標法、及び工業所有権に関する手続等の特例に関する法律(工業所有権特例法)等の一部を改正したものです。
1.デジタル化に伴う事業活動の多様化を踏まえたブランド・デザイン等の保護強化
デジタル技術の活用により、特にスタートアップ・中小の事業活動が多様化していることに対応し、新たなブランド・デザインやデータ・知的財産の保護を強化するものです。
(1)コンセント制度(併存合意制度)の導入 (商標法)(「2023年 6月14日から起算して1年を超えない範囲内において政令で定める日」から施行)
「コンセント制度」とは、他人の先行登録商標と同一又は類似の商標が出願された場合であっても、当該先行登録商標の権利者による同意があれば両商標の併存登録を認める制度のことをいいます。
出所混同防止の観点から、他人の登録商標に類似する商標は商標登録を受けることができません(商標法4条①11)。
コンセント制度は、米国、欧州、 台湾、シンガポール等、既に多くの国・地域で導入され、グローバルなコンセント契約が締結されることがある一方、我が国では導入がされていなかったため、海外ユーザーによる日本での商標登録の際の障壁となることがありました。
そのため、他人の先行登録商標と同一又は類似の商標が出願された場合であっても、当該先行登録商標の権利者による同意があれば両商標の併存登録を認める制度を導入しました。ただし、先行登録商標の権利者による同意があっても、なお出所混同のおそれがある場合には登録を認めない留保型コンセント制度とし、出所混同のおそれの有無を審査するとともに、登録後においては、混同防止表示の請求(商標法24条の4①1)や不正使用取消審判の請求(商標法52条の2)を可能にすることで、需要者の利益保護を図ることとしました。
第4条1項11号に該当する商標であっても、その商標登録出願人が、商標登録を受けることについて同号の他人の承諾を得ており、かつ、当該商標の使用をする商品又は役務と同号の他人の登録商標に係る商標権者、専用使用権者又は通常使用権者の業務に係る商品又は役務との間で混同を生ずるおそれがないものについては、同号の規定は適用しない(商標法4条④)。
なお、上記により登録された商標について、不正の目的でなくその登録商標を使用する行為等は不正競争として扱わなくしたことで(不競法19条①3)、周知・著名性を獲得した商標権者が一方の商標権者に対し不競法に基づく差止請求等を行うことができないよう、不正競争法においても配慮がされています。
また、類似する商標が併存することにより営業上の利益が侵害され、侵害されるおそれがあるため、商標権者は、相手側に対し混同防止表示を付すよう、請求をすることができます(不競法19条②2)。
詳細は、日本 商標 コンセント制度の導入 をご参照ください。
(2) 他人の氏名を含む商標の登録要件の緩和 (商標法)(「2023年 6月14日から起算して1年を超えない範囲内において政令で定める日」から施行)
他人の人格的利益を保護する観点から、構成中に他人の氏名等を含む商標は、当該他人の承諾がない限り商標登録を受けることができませんでした(旧商標法4条①8)。
しかし、
① 本規定が他人の人格的利益を過度に保護し過ぎている印象がある等の学識経験者からの指摘
② ファッション業界を中心に、ブランド戦略上、氏名商標は必要不可欠である等のニーズ
③ 米国、欧州、中国及び韓国等の諸外国において、他人の氏名を含む商標に関する制度として他人の氏名の知名度を要件とする制度が導入されていること
から、登録商標の使用をする商品役務の分野において、需要者の間に広く認識されている他人の氏名を含む商標の場合の登録要件を緩和したものです(商標法4条①8)。
なお、「他人の氏名」には一定の知名度の要件を課し、具体的にはこの要件は政令で定められます(商標法4条①8)。
「他人の氏名」の要件
① 氏名に一定の知名度を有する他人が存在するか
氏名に一定の知名度を有する他人が存在しない場合は、承諾不要。
② 出願人側の事情を考慮する要件を満たしているか
例えば、商標構成中の氏名が自己の氏名等であり、商標登録を受けることについて不正の目的を有していない場合は、要件を満たすと想定。
③ ①の他人が存在せず、②の要件を満たす場合
他人の承諾なしに、商標登録が可能。
他人の肖像若しくは他人の氏名(商標の使用をする商品又は役務の分野において需要者の間に広く認識されている氏名に限る。)若しくは名称若しくは著名な雅号、芸名若しくは筆名若しくはこれらの著名な略称を含む商標(その他人の承諾を得ているものを除く。)又は他人の氏名を含む商標であって、政令で定める要件に該当しないものは、商標登録を受けることができない(商標法第4条①8)。
(3)新規性喪失の例外適用の要件緩和 (意匠法)(「2023年 6月14日から起算して9月を超えない範囲内において政令で定める日」から施行)
新規性喪失の例外規定の適用を受ける場合、出願意匠に関係する全ての公開事実を管理・把握することが難しくなってきており、出願から30日以内に全ての公開意匠に関する例外適用証明書を作成することが、出願人の大きな負担となっていました。また、例外適用証明書に記載した公開意匠が十分でないため新規性喪失の例外適用を受けられず、新規性なしとして拒絶査定となることもありました。
そのため、出願から30日以内に提出した最先の公開についての証明書にのみ基づき、それ以後に意匠登録を受ける権利を有する者等の行為に起因して公開された同一又は類似の意匠についても新規性喪失の例外規定の適用を受けることができるよう、新規性喪失の例外要件を緩和したものです。
最先の公開を要件とするのは、公開の時期は客観的に判断できること、最先の公開は出願人にとって把握が容易であること、及び最先の公開が示されることでいずれの公開意匠に対して例外規定が適用されるのか判断しやすいことを考慮したものです。
具体的には、以下の要件を満たす意匠について、法定期間内に提出した証明書に基づき、それ以後に意匠登録を受ける権利を有する者等の行為に起因して公開された同一又は類似の意匠についても、新規性喪失の例外規定が適用されます。
① 意匠登録を受ける権利を有する者の行為に起因して、公知となった意匠であること
(なお、公報掲載により公知となったものは、従来と同様、新規性喪失の例外は適用されません。)
② 法定期間内に提出した証明書により、証明した意匠の公開時以後に公開された意匠であること
③ 法定期間内に提出した証明書により、証明した意匠と同一又は類似する意匠であること
(証明書記載の意匠と非類似の意匠については、出願意匠との関係において創作非容易性等の要件の拒絶理由の根拠となる場合があるため、その場合別個の証明が必要となります。)
(意匠制度小委員会報告書 新規性喪失の例外適用手続に関する意匠制度の見直しについて より抜粋)
運用
① 証明書記載の意匠が最先の公開意匠であることについて特段の証明・宣誓等は不要
② 最先の公開以外についても、証明書の提出は可能であり、重複があっても特段の不利益は生じない
③ 審査・審判の過程で公開者が不明な意匠として拒絶理由等の根拠とされた場合も、その公開意匠が意匠登録を受ける権利を有する者の行為に起因して公開されたものである場合は、新規性喪失の例外規定の適用要件を満たしている旨の主張・立証を行い、反論することができる
④ 証明書記載の意匠よりも前に公開された意匠には、提出した証明書に基づく例外規定の適用はされない
⑤ 同一又は類似の複数の意匠が公開された場合、そのうちの一つを証明書に記載すれば足りる
ただし、同一又は類似の意匠について第3条①1、2に該当するに至る起因となった意匠登録を受ける権利を有する者の二以上の行為があつたときは、その証明書の提出は、当該二以上の行為のうち、最先の日に行われたものの一の行為についてすれば足りる(意匠法4条③但書)。
(4)デジタル空間における模倣行為の防止 (不競法)(「2023年 6月14日から起算して1年を超えない範囲内において政令で定める日」から施行)
メタバースやSNS等のデジタル空間上での商品形態の模倣行為が多くなっている現状を踏まえ、これらを不正競争行為の対象とし、差止請求権等が行使できるように改正されました。
具体的には、他人の商品の形態を模倣した商品を「電気通信回線を通じて提供する」行為も「不正競争」とし、不競法2条①3に追加しました。
不正競争とは、他人の商品の形態(当該商品の機能を確保するために不可欠な形態を除く。)を模倣した商品を譲渡し、貸し渡し、譲渡若しくは貸渡しのために展示し、輸出し、輸入し、又は電気通信回線を通じて提供する行為をいう(不競法2条①3)。
(5)営業秘密・限定提供データの保護の強化 (不競法) (「2023年 6月14日から起算して1年を超えない範囲内において政令で定める日」から施行)
① 限定提供データの定義の追加
ビッグデータを他社に共有するサービスにおいて、従来は、他社と共有するビッグデータは秘密管理されるものではないと想定していたため、秘密管理がされていないビッグデータのみを保護対象としていました。
しかし近年、自社で秘密管理しているビッグデータであっても他者に提供するという企業実務があることから、データを秘密管理している場合も含めて「限定提供データ」とする保護範囲の拡充を行いました。
したがって、かかる場合であっても侵害行為の差止請求等が可能となりました(不競法2条)。
「限定提供データ」とは、業として特定の者に提供する情報として電磁的方法により相当量蓄積され、及び管理されている技術上又は営業上の情報(営業秘密を除く。)をいう(不競法2条⑦)。
② 使用許諾相当額の増額賠償請求の導入
1)従来の対応
営業秘密等の損害額(逸失利益)は、侵害行為と損害との因果関係が明らかでない場合が多く、立証が困難でした。そのため、改正前は、損害額を原則「侵害品の販売数量×被侵害者(営業秘密保有者)の1個当たりの利益」と推定して算定することで、立証負担を軽減していました。
2)問題点
しかしながら、被侵害者の生産・販売能力超過分の損害額の請求は、認められていませんでした。
3)改正内容
そのため、適切な損害回復を図るべく、超過分は侵害者に使用許諾(ライセンス)したとみなし、使用許諾料相当額として損害賠償額を増額できる規定を特許法等改正にならい追加しました。
これにより損害賠償訴訟において、被侵害者である生産能力等が限られる中小企業であっても、生産能力を超える損害分を使用許諾料(ライセンス料)相当額として増額請求をすることを可能となりました(不競法5条①柱書)。
また、「物を譲渡」する場合に限定されていた対象を、デジタル化に伴うビジネス多様化を踏まえ、 「データや役務を提供」する場合にも拡充しています(不競法5条①柱書)。
侵害者に対しその侵害により自己が受けた損害の賠償を請求する場合において、侵害者がその侵害の行為を組成した物(電磁的記録を含む。以下この項において同じ。)を譲渡したとき(侵害の行為により生じた物を譲渡したときを含む。)、又はその侵害の行為により生じた役務を提供したときは、次に掲げる額の合計額を、被侵害者が受けた損害の額とすることができる(不競法5条①)。
(6)裁定における営業秘密関係書類の閲覧制限(特許法、実用新案法、意匠法)(2023年7月3日施行)
裁定に係る書類は、従来何人も閲覧請求をすることができました(特許法186条等)。しかし、裁定手続に係る書類に営業秘密等が記載されていても、閲覧等を制限することができず、そのため、営業秘密の漏えいの懸念から、裁定請求人や特許権者等が立証及び反証のために必要な書類の提出を控え、結果として適切な裁定判断ができないおそれがありました。
そのため、裁定関係書類のうち営業秘密が記載された書類は、閲覧等を制限することが可能となりました。
裁定に係る書類を提出した者から当該者の保有する営業秘密が記載された旨の申出があり、特許庁長官が秘密を保持する必要があるものと認めるものは、閲覧を制限する(特許法186条①3、実案法55条、意匠法63条、特許法施行規則44条の2)。
2.コロナ禍・デジタル化に対応した知的財産手続等の整備
(1)国際郵便引受停止等に伴う公示送達の見直し(特許法、実用新案法、意匠法、商標法) (2023年 7月 3日施行)
在外者(日本国内に住所又は居所、法人にあっては営業所を有しない者)に対しての送達は、在外者に特許管理人があるときはその特許管理人に送達し、在外者に特許管理人がないときは在外者に直送することとされています(特許法192条①②)。
しかし、新型コロナウイルスの世界的な感染拡大やウクライナ情勢等により、一部の国・地域においては国際郵便の引受けが長期間停止され、書類の送達ができないという問題がありました。 そのため、通常の手段では送達できない場合に、送達をするための手段である公示送達の要件が追加されました。
特許庁長官の指定する職員又は審判書記官は、特許法第192条②の規定により書類を発送することが困難な状況が6月間継続した場合、公示送達をすることができる(特許法191条①3)。
なお、改正特許法の施行日(2023年7月3日)前から国際郵便の引受停止が発生していた案件は、施行日前の期間は算入せず、施行日以後6か月間引受停止が継続した場合に、公示送達を行う運用となります(改正法附則3条①)。
また、インターネットを通じた送達制度が整備されました(工業所有権特例法5条)。
(2)書面手続のデジタル化等のための見直し (特許法、実用新案法、意匠法、商標法)(「2023年 6月14日から起算して9月を超えない範囲内において政令で定める日」から施行)
今後急速に発展するデジタル社会への対応、行政手続の更なる利便性向上を目的として特許等に関する優先権出張手続書面の電子申請を可能とするものです(特許法43条②、実用新案法10条⑧、意匠法10条の2③、商標法10条③等)。
これにより、書面で発行された優先権証明書を複写したもの及び電子的に提供された優先権に係る証明書類を書面出力したものを提出する方法も許容されます。また、第一国の官庁が電子的に提供した優先権に係る証明書類も受け入れることができます。
(3)手数料減免制度の見直し (特許法等)(「2023年 6月14日から起算して1年を超えない範囲内において政令で定める日」から施行)
中小企業の特許に関する手数料の減免について、資力等の制約がある者の発明奨励・産業発達促進という制度趣旨を踏まえ、経済的に特に困難であると認められる者以外の者に対しては、政令で定める件数制限を設けます(特許法195条の2但書等)。
なお、高い新産業創出能力が期待されるスタートアップ、小規模事業者、福島特措法認定中小や、企業とは性質が異なる大学・研究機関等に対しては、上限を設けないことが想定されています。
特許庁長官は、自己の特許出願について出願審査の請求をする者であって資力を考慮して政令で定める要件に該当する者が、出願審査の請求の手数料を納付することが困難であると認めるときは、政令で定めるところにより、前条第二項の規定により納付すべき出願審査の請求の手数料を軽減し、又は免除することができる。ただし、当該者のうち経済的困難その他の事由により出願審査の請求の手数料を納付することが特に困難であると認められる者として政令で定める者以外の者に対しては、政令で定める件数を限度とする(特許法195条の2但書等)。
3.国際的な事業展開に関する制度整備 (不競法)
(1)外国公務員贈賄に対する罰則の強化・拡充(「2023年 6月14日から起算して1年を超えない範囲内において政令で定める日」から施行)
OECD外国公務員贈賄防止条約をより高い水準で的確に実施するため、自然人及び法人に対する法定刑を引き上げるとともに、日本企業の外国人従業員による海外での単独贈賄行為も処罰対象とします(両罰規定により、法人の処罰対象も拡大)(不競法21条等)。
① 自然人及び法人に対する法定刑を引き上げ(不競法21条④、22条①1)
自然人: 500万円以下の罰金、5年以下の懲役を、3,000万円以下の罰金、10年以下の懲役へ。
法人 : 3億円以下の罰金を、10億円以下の罰金へ増額。
なお、控訴の時効は、5年から7年となります。
今回、5年以下の懲役から10年以下の懲役に改正されたことから、適用される刑事訴訟法条文も250条②5から250条②4に変更になり、その結果、控訴時効も変更になりました。
② 日本企業の従業員による海外での単独贈賄行為処罰対象の拡充 (不競法21条⑪)
従業員が日本人の場合だけが対象でしたが、外国国籍の従業員による海外での贈賄行為についても、処罰が可能になりました。
(2)国際的な営業秘密侵害事案に関する訴えの管轄権の明確化(「2023年 6月14日から起算して1年を超えない範囲内において政令で定める日」から施行)
国外において日本企業の営業秘密の侵害が発生した場合にも日本の裁判所に訴訟を提起することでき、日本の不競法を適用するための規定を設けました。ただし、当該営業秘密が専ら日本国外において事業の用に供されるものである場合は、この限りではありません(不競法19条の2等)。
日本国内において事業を行う営業秘密保有者の営業秘密であって、日本国内において管理されているものに関する第2条①4、5、7、8に掲げる不正競争を行った者に対する訴えは、日本の裁判所に提起することができる。ただし、当該営業秘密が専ら日本国外において事業の用に供されるものである場合は、この限りでない(不競法19条の2①等)。
4.不正競争防止法の一部改正 (不競法)(「2023年 6月14日から起算して1年を超えない範囲内において政令で定める日」から施行)
不競法において、法人両罰の有無による罰則規定の整理、及び罰則の構成要件に該当する行為を行った時期を明確にする趣旨の規定の改正を行いました(不競法21条等)。