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日本 「タコ滑り台」の著作権判断

2022年11月18日
浅村特許事務所


日本 「タコ滑り台」の著作権判断


 

   

浅村特許事務所
中国弁護士   鄭 欣佳

 

「タコ滑り台」の著作権判断  

 2022年 7月19日、最高裁判所はタコ滑り台著作権事件(以下、「本件」といいます)に対して不受理決定を出しました。


 本件は、原告の前田環境美術株式会社(以下、「前田美術」または「原告」といいます)が、2019年 9月に東京地方裁判所に提訴し、株式会社アンス(以下、「アンス」または「被告」といいます)が製作した2台のタコ滑り台が自社の著作権(複製権及び翻案権)を侵害していると主張し、432万円の損害賠償を求めたものです。
 

前田美術が製作したタコ滑り台は以下のとおりです。

           
  (正面)                    (右側面)

        
    (左側面)                     (背面)

 

アンスが製作したタコ滑り台は以下の通りです。

     
   (正面)                                (右側面)

      
     (左側面)                       (背面)


 審理の結果、東京地裁は原告の請求を棄却しました。その後、原告は知的財産高等裁判所に控訴しました。知的財産高等裁判所は東京地裁の判決を維持し、原告の控訴を棄却しました。原告は最高裁に上告しましたが、最高裁は不受理決定を出しました。


 本件に関して、最も重要な争点は次の2つです。

 1.タコの滑り台は美術の著作物に該当するか?

 2.タコの滑り台は建築の著作物に該当するか?

 この2争点の判断が、タコの滑り台が著作権法で保護されるかどうか、原告が被告に損害賠償を請求できるかどうかのポイントとなります。

  原告は、タコ滑り台が美術の著作物に該当するかという問題に対し、原告の元従業員である彫刻家Bは、抽象的かつ質感のある遊具「石の山」を製作した後、発注者の提案により、「石の山」にタコの頭部を模した部分を付加して完成させたモニュメント彫刻であると主張しました。滑り台には空洞部等の神秘的な空間を設け,さらに頭部を付加して、抽象性と具体性を内包した彫刻を作り出しており、滑り台で遊ぶ子どもたちにその形の美しさ、楽しさ等を体感させることができ、彫刻家の思想、感情を創作的に表現しているため、美術の著作物に該当すると主張しました。また、タコの滑り台を芸術作品と評価する写真詩集も存在している事実が、その独創性と造形美の裏付けとなっている旨を主張しました。
 その上、足などの形には滑り台としての機能を実現する目的がありますが、その機能を実現するためには、実は幅広い選択肢があり、作者が選んだタコの形は、滑り台の機能の実現において必然的に創作できるものではないと主張しました。

  東京地裁は、本件滑り台が、自治体の発注に基づき、遊具として製作されたものであり、主として、遊具として利用者である子どもたちに遊びの場を提供するという目的を有する物品であって、著作権法10条1項4号が「美術の著作物」の典型例として掲げている「絵画、版画、彫刻」のように主として鑑賞を目的とするものであるとまでは認められないと判断し、滑り台が「美術工芸品」に該当することは認めないと判断しました。

  また、滑り台のようにタコを模した外観を有することは、遊具のデザインとしての実用目的を達成するために必要な機能に係る構成と分離して美術鑑賞の対象となり得る美的特性を備えている部分を把握できるものとは認められない、と判断しました。

  原告側の主張は、本件原告滑り台の表現選択の幅が広く、彫刻家Bの個性が表われていることを根拠とするものであるが、その点は、著作物(著作権法2条1項1号)の要件のうち、「思想又は感情を創作的に表現したもの」との要件に該当するものであるが、「美術の範囲に属するもの」との要件に該当するものではない、というべきであると判断しました。 

 したがって、東京地裁は原告の上記主張はいずれも採用することができないと判断しました。  

 

 二審の知的財産高等裁判所は、東京地裁とほぼ同じ観点を持ち、作品が著作権法上の「美術の著作物」として認められるかどうかを判断する重要な基準は、その作品が実用目的を達成するために必要な機能に係る構成と分離して、美的鑑賞の対象となり得る美的特性である創作的表現を備えている部分を把握できるかどうかである、と判示しました。

 また、一品製作の美術工芸品以外の量産品について、美的鑑賞の対象となり得るというだけで一律に「美術の著作物」として保護されることになると、実用的な物品の機能を実現するために必要な形状等の構成についても著作権で保護されることになり、当該物品の形状等の利用を過度に制約し、将来の創作活動を阻害することになって妥当でない、と示しました。大量生産される商品の形状は、意匠として意匠法によって保護されることが否定されるものではないという結論に至りました。

 本件のタコ滑り台について、原告は複数の記事を引用して、それぞれのタコ滑り台が異なることを証明しようとしました。しかし、これらの記事は単なる伝聞に過ぎず、客観的な裏付けはありませんでした。原告は、日本全国で260基以上のタコ滑り台の製作を請け負っていましたが、これらの滑り台の基本的な構造は定まっており、複数の種類に分類されていました。本件の滑り台は、このうちの一つ「ミニタコ」に属するものです。このことから、本件の滑り台と同様の「ミニタコ」滑り台が他にも存在することは明らかです。

 美的鑑賞の対象となり得る美的特性である創作的表現を備えている部分を把握できるかどうかについて、知的財産高等裁判所は、タコの頭部を模した部分のうち、天蓋部分については,滑り台としての実用目的を達成するために必要な機能に係る構成と分離して把握できるものである、としました。しかし、天蓋部分の形状自体は単純なものであり,タコの頭部の形状としてもありふれたものであるため、美的特性である創作的表現を備えているものとは認められず、また、天蓋部分以外のデザインは、製品の実用目的を達成するために必要な構成であるといえるため、機能と分離して美的鑑賞の対象となり得る美的特性である創作的表現を備えているものと把握することはできないと判断しました。

 したがって,本件滑り台が美術の著作物に該当しません。

 

 タコ滑り台が建築の著作物に該当するかどうかという争点に対し、原告は外形的に見て、それが滑り台において通常加味される程度の美的創作性を上回り、滑り台としての実用性や機能性とは別に、独立して美的鑑賞の対象となり、通常、滑り台に施される美的創作性と比べて、はるかに美的創作性の程度が高いと主張していました。

 これに対し、東京地裁は、本件原告滑り台の形状、頭部、足部、空洞部などの各構成部分についてみても、全体についてみても、遊具として利用される建築物の機能と密接に結びついたものであると判断しました。全体として赤く塗色されていることも相まって、見る者をしてタコを連想させる外観を有するものであるが、こうした外観もまた、子どもたちなどの利用者に興味・関心や親しみやすさを与えるという遊具としての建築物の機能と結びついたものといえ、建築物である遊具のデザインとしての域を出るものではない、と判示しました。

 知的財産高等裁判所は、本件原告滑り台の外観全体についても、美的鑑賞の対象となり得るものと認めることはできないし、また、美的特性である創作的表現を備えるものと認めることもできないとして、東京地裁と同じ判断を行いました。

 

 近年、日本の裁判所は、実用品に関する著作権主張に多くの否定的な見解を示しています。上記タコ滑り台のほか、下記の黒ウーロン茶のパッケージは、デザインに一定の工夫はありますが、鑑賞の対象とまでは認められないという判示が下され、著作権が認められませんでした。

    (出典:案件当事者のHP)

 

 下図の子供用のトレーニング箸もその一例です。この箸は、実用的観点からの工夫があったとしても、美的鑑賞の対象となり得る創作的工夫は認め難いと判断されたため、著作権が認められませんでした。

     (出典:アマゾン)

 

 例外として、下図のような子供用の椅子があります。この椅子は、デザイナーの個性が発揮されており、創作的表現というべきだと判断され、著作権が認められました。

         (出典:当事者の商品カタログ)

 

 タコ滑り台事件の判決から注意すべきことは、日本の裁判所では、実用品は意匠権によって保護すべきと判断する傾向が見受けられるということです。量産される工業製品は、著作権による保護を受けることが難しい傾向にあります。
 このことから、デザインされた工業製品の場合、意匠権を取得することを念頭に工業製品の公表前に意匠登録出願をしておくことを検討すべきでしょう。